創業精神に立ち返り
自社の存在意義を再確認する

 何らかの革新が必要だと感じた時こそ、創業精神に立ち返るべきである──。これは、3人の経営トップが異口同音におっしゃっていたことです。AGCの島村会長は、祖業である板ガラス事業の存続が危ぶまれるほどの危機時に社長へ就任しましたが、まずは創業精神に立ち返って、自社の存在意義を再定義する必要性を強く感じたそうです。創業者である岩崎俊彌の言葉に依拠して、ガラスだけに留まらず、独自の素材・ソリューションを提供する会社である、とAGCの存在意義をアップデートしました。

 また帝国ホテルの定保社長は、コロナ禍によって客足が激減し、大幅な改革を余儀なくされた時に、創業者の一人である渋沢栄一が残した言葉を空で言えるほど何度も読み返して、自分たちの拠り所を確信したそうです。

 島村会長と定保社長の例からわかるように、「このままでは自社が危ない」という強い危機感こそが、経営トップが創業時の精神に自覚的になるきっかけでした。有事の際こそ、自社の精神的な拠り所を鮮明にする必要があるということです。このように、創業精神に立ち返る意味は、言うまでもなく自社の存在意義を再確認することにあります。

 危機を乗り越え、末永く繁栄するためには、さまざまなチャレンジをしなければなりません。しかし、やみくもに新しいことへチャレンジしていては、自社のアイデンティティが損なわれかねません。何が自社らしくて、何が自社らしくないのか、その判断軸になるのが存在意義なのです。

過去の慣習に囚われず
多様なアイデアを取り入れる

「どんなチャレンジが自分たちらしいか、そうでないのかの線引きをクリアにすることはとても難しい」という、定保社長の言葉に賛同される経営者の方はきっと多いと思います。新しいサービスや事業を始めるにも、何か社内的な改革を行うにも、その取捨選択は頭の痛い問題です。なぜならば、その判断軸をシャープに明文化するのはとても困難だからです。この問題を3社の経営トップは、さまざまな具体的アイデアをたくさん並べてみて、個別の判断を積み上げることで解決していました。

 帝国ホテルの定保社長は、コロナ禍を生き抜くためのアイデアを、何と全従業員から募集しました。その結果、実に5000件以上もの提案が集まり、帝国ホテルとして何が必要か、一つひとつをていねいに検討したうえで、そのほとんどのアイデアが実行されました。自分たちらしさの判断の拠り所となるのが、言うまでもなく自社の存在意義なのです。