変化の背景には、50年か100年に一度といえるほどの大きなショックがあると伊藤氏は言う。一つは、「コロナ禍」であり、需給バランスの変化やデジタル化の加速、マクロ経済政策の変化をもたらした。

 もう一つは、「地政学的変化」であり、東西冷戦が終結した後、フラット化したといわれたグローバル経済が変質し、ロシアのウクライナ侵攻やアジアの安全保障環境の緊迫、中国経済の停滞などが、グローバル経済に大きな影響を与えている。

 これによって、金融政策、財政政策、産業政策などのポリシーミックス(政策の組み合わせ)も変化した。世界的な超金融緩和の時代が終わり、財政政策と産業政策が活発に動き出している。

 米国でいえば「CHIPS法」や「インフレ抑制法」、EU(欧州連合)では「欧州グリーンディール」、日本ではDX(デジタル・トランスフォーメーション)とGX(グリーン・トランスフォーメーション)の推進施策。いずれも財政出動を伴う産業振興策である。「金融一本足打法の成長戦略から、財政政策、産業政策にシフトしており、マクロ経済だけでなく企業にとっても重要な意味を持っています」(伊藤氏)

伊藤元重氏
東京大学 名誉教授

需要と供給の好循環を生むために、いまこそ投資が必要

 日本は過去20年以上にわたって金融緩和を続けてきた。これを振り返っていま我々が反省すべきは、金融緩和はカンフル剤にしかならないということだと伊藤氏は指摘する。「経済の体力が極端に弱った時にカンフル剤は必要ですが、カンフル剤を打ち続けても需要や潜在成長率が伸びたり、生産性が上がったりするわけではありません」

 日本にいま問われているのは、「国内での投資を増やすことです。投資が需要に結びつき、供給力が高まる。イノベーションも促進され、生産性が上がる。需要と供給の好循環が生まれるのです」。

 しかし、大企業の投資は海外に偏り、国内の空洞化が進んだ。この流れを逆転させる原動力となるのが、DXとGXであり、スタートアップだ。米国では、1990年代から2000年代初頭に創業したテックジャイアントが急成長し、国内に巨額の投資をした。日本でも、スタートアップを志望する優秀な学生は増えている。米国のように大企業がどんどんスタートアップを買収するようになれば、エグジット先が増え、起業を目指す若者がさらに増えるはずだと、伊藤氏は述べる。

新陳代謝が成長を加速させるカギ

 日本で“停滞と安定”が続いた理由として、「新陳代謝」の不足が各方面から指摘されている。生産性の低い企業が存続し続けると、日本全体の生産性が上がらず、投資も成長率も高まらないという議論だ。

  これについても、変化の兆しが出てきている。一つは、賃上げ圧力だ。日本の人手不足は深刻である。人口減少が続いているうえに、女性や高齢者の労働参加率は他の諸外国と比較してもすでに高く、外国人労働者が活躍できる分野も限定されている。「少なくとも、この先10年は人手不足の解消は難しく、賃上げが続くでしょう。今後、賃金を上げられない企業が出てくるだろうし、より高い賃金を支払う企業に人は集まる。この共存が重要であり、その結果、新陳代謝が進む可能性があります」

  また、DXとGXも新陳代謝を促進することになるだろう。創造的破壊によって旧来のやり方が否定されるからだ。デジタル技術の進化が加速するほど、それをビジネスモデル変革や差別化戦略に活かせる企業と、そうでない企業との収益性、成長性の差が広がっていく。「個別企業レベルだけでなく、マクロ経済全体で見ても、創造的破壊が起こるでしょうし、それを起こせない経済は成長できません」。政府のGX基本方針では10年間で150兆円の官民投資を見込む。単純計算で年間3%のGDP底上げ効果がある一方で、気候変動問題に背を向けている企業は生き残れなくなると見る。

  変化の流れはますます激しくなりそうだが、「DXとGXを中心に民間投資が動き、“停滞と安定”の経済が大きく変わることを期待します」と述べ、伊藤氏は講演を終えた。

「ソニー再生」の物語とその道のり

 基調講演の2人目として、ソニーグループ取締役代表執行役社長COO兼CFOの十時裕樹氏が登壇した。「グレート・トランジション時代の経営の舵取り」と題し、業績不振からの再生の道のりと今後の価値創出の考え方を語った。