変化していく今日のCFOと経理財務部門の役割
最後のセッションとなるパネルディスカッションでは、資生堂取締役エグゼクティブオフィサー チーフファイナンシャルオフィサーの横田貴之氏と中外製薬取締役上席執行役員CFOの板垣利明氏が、「CFOが果たすべき役割」をテーマに意見を交わした。モデレーターは、エール取締役の篠田真貴子氏が務めた。
まず、両氏の管掌範囲を確認しながら、CFOの役割について過去と現在でどのように変わったと感じるかを、篠田氏は問いかけた。
中外製薬の板垣氏は財務経理に加えて、広報・IR、購買を統括している。2022年までの5年間は、デジタル・IT戦略も統括していた。昨今、CFOからCEOに抜擢される例が増えていることもあるように、CFOは単なる財務担当役員ではなく、「CEOの参謀となり、CEOとともに経営課題に向き合い、戦略策定から推進までといった幅広い役割が求められている」と考えを述べた。
一方、資生堂の横田氏は財務経理とIR、各ブランドやリージョンのファイナンス機能や業績管理などを担当する戦略財務部のほか、グローバルでERP(統合基幹業務システム)の導入を進めるビジネストランスフォーメーション部を管掌する。コロナ禍では、CSO(最高戦略責任者)とともに中計を作成するなど、アジャイルな対応も多々求められたと振り返った。

資生堂
取締役 エグゼクティブオフィサー チーフファイナンシャルオフィサー
コロナ禍などの昨今の環境変化を受け、CFOの管掌範囲は広がり、事業に近いところで経営戦略とひもづいた役割を求められている、と篠田氏は整理した。
CFOアジェンダとしてのESG、DX推進
篠田氏は、「CFOアジェンダ」(CFOとしての取り組み課題)について問いかけた。伝統的な財務領域だけでなく、ESG(環境、社会、ガバナンス)などの非財務領域についても、CFOが投資判断や意思決定を迫られるようになっている。
これに関して板垣氏は、そもそも製薬企業は生命関連産業であり、研究開発に多大な投資と時間を要する産業であるので、「ESGをはじめ、社会的な信頼と強固な基盤がないと長い時間軸でチャレンジし続ける創薬ビジネスは成り立ちません。財務と非財務が一体となって成長戦略を描くのは必然です」と述べた。
一方、横田氏は「ESG対応は非常に多岐にわたり、かつ複雑なので、当社の経営戦略に照らし合わせて、KPIをシンプルにわかりやすく従業員に伝えることが大事です。1人当たりの生産性を圧倒的に高めていくことが大きな経営課題であり、それを人的資本投資によってどう実現していくかが、私の重要な仕事です」と答えた。
続いて篠田氏は、CFOアジェンダとして近年大きくクローズアップされているデジタルへの投資についてのスタンスを両氏に聞いた。
資生堂では現在、ERPの導入に取り組んでいるが、「世界中の各拠点が必要なデータをタイムリーに見られるように、グローバルワンインスタンス(全拠点が同一のシステムを利用できる仕組み)とするのが前提です。データと業務プロセスを標準化したうえで、AI(人工知能)やRPA(ロボティックプロセスオートメーション)などを活用した自動化が進むことで、現場でもビジネス判断ができるようになると期待しています。そこからさらに生産性を上げていきたい」(横田氏)という。
中外製薬にとってDXの一丁目一番地は、やはり研究開発領域だ。革新的な新薬の創出には10年近い歳月と3000億円強の投資が必要となっている。「当社の成長戦略の柱の一つがDXです。これまでより短期間かつ高い成功確率で新薬を開発するにはAIをはじめとする最先端のデジタル技術が欠かせません」(板垣氏)。研究開発に加えて生産や営業を含めたバリューチェーン全体でDXを推進しており、デジタル人材の育成・採用を全社を挙げて取り組んでいるという。

中外製薬
取締役 上席執行役員CFO
CFO候補人材に求められることとは
CFOのアジェンダが非財務やデジタルの領域にも広がり、それに伴ってビジネスとの距離もますます近づいている。そうした時代において、CFOを担う人材をいかに育成すべきか。求められる知識や経験などを篠田氏が尋ねた。
板垣氏は自身がキャリアの半分ほどを経営企画やマーケティングなど財務経理以外の部門で過ごしてきたことを紹介しつつ、「ファイナンスだけでなくビジネスも知っておくのが好ましいので、機能部門へのローテーションは必須だと思います。できれば子会社のマネジメントも経験させられたら、経営目線も身につき、さらにいい」と提言した。
横田氏は、CFOに限らず、目指す職務・職責に応じたキャリアディベロップメントプランを整備すべきだとしたうえで、「CFOがIT・デジタル関連のプロジェクトに関わることが増えているので、プロジェクトマネジメントの経験も必要ではないでしょうか」と付け加えた。
パネルディスカッションのクロージングとして、篠田氏は現職CFOやCFOを目指す人たちへのメッセージを両氏に求めた。

エール 取締役
「財務担当役員とCFOの違いは、CEOとともに成長戦略を描き、経営責任を負うかどうか。売上げ・利益そして株価などCFOにかかるプレッシャーは大きいですが、近視眼的にならず説明責任を果たせる経営をしていくことが肝要です。そして、企業倫理は業績に優先しますので、何よりも大事なのはインテグリティ(高潔さ)だと思います。誠実な参謀としてCEOとともに経営の舵取りをしていく。そのようなCFOを、ぜひとも皆さん目指してください」(板垣氏)
「目まぐるしく変化していく経済環境の中でCFOの役割も広がり、私自身を含め、多くのチャレンジに直面しているCFOが多いのではないかと思います。先ほど伊藤(元重)先生がおっしゃったように、企業が積極的に投資していくことが日本全体の生産性を押し上げ、停滞する経済を打破することになると思います。そのために私個人としても汗をかいていくつもりです」(横田氏)
グレート・トランジションの時代を勝ち抜くために、日本は積極的な成長投資へ向けたモードチェンジが必要だ。基調講演とパネルディスカッションのメッセージがその点に収れんしたところで、カンファレンスは幕を閉じた。
