長内氏は「日本の大手メーカーなどは『価値創造』に偏りがちであり、『よいものさえつくれば、お客さんはわかってくれる』という考えが強く、足元の事業でしっかり儲けるという『価値獲得』の視点、つまり、マーケティングやビジネスモデルの手法が乏しい」と指摘する。

「20世紀の日本の家電産業は、まさに価値創造を重視した効果の経営に注力していました。新しいものを世に出して、新しい市場や価値が生まれ、それに見合った収益を得る。それを再び投資に回すことで成長してきた。それが好循環で回っているうちはよかったのですが、何らかの要因で新しいものをつくっても売れない、あるいは、収益が生まれないという事態に陥ってしまうと、次の投資につながらなくなってしまうのです」と指摘する。

早稲田大学 商学学術院 大学院経営管理研究科 教授
長内 厚
Atsushi Osanai

京都大学経済学部卒業。1997年ソニー(現ソニーグループ)入社後、商品企画、技術企画などに従事、事業本部長付商品戦略担当を経て京都大学大学院に業務留学。博士号取得後、神戸大学准教授、ソニー外部アドバイザーなどを経て2011年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2016年より現職。ハーバード大学客員研究員や国内外の多くの企業の顧問などを務める。主な著書に『半導体逆転戦略』(日本経済新聞出版、2024年)、神吉直人氏との共著『台湾エレクトロニクス産業のものづくり』(白桃書房、2014年)など。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でも精力的に配信中。

 要するに、企業はコア事業にしがみつきすぎてもイノベーションを生み出せなくなってしまうが、逆に既存の商品や事業を軽視しすぎても、急激な環境変化に対応できなくなるというリスクに直面してしまうのだ。

効率性と多様性を併せ持つ「両利き経営」を目指すべき

 こうした生産性のジレンマを抱えた企業と、「効果と効率」の経営のバランスが取れていない企業の2つのタイプの企業が抱える課題に、どのように対処すべきだろうか。

「コア事業を深めていく『活用』と新規事業を開発していく『探索』を両輪とするタッシュマン氏とオライリー氏が説く『両利きの経営』は『生産性のジレンマ』の発展的議論ですが、日本企業はどちらかに極端に振れやすい傾向があります。重要なのは、バランスです」。前述した「生産性のジレンマ」を抱えているような企業の場合は効率性だけを重視するのではなく、多様性を持つことが必要だ。

 長内氏は「効率性と多様性はなかなか両立しませんが、これまでとは異なる価値観や考え方、新しい手法などを取り入れていくことによって新規事業などの非連続的イノベーションが生まれやすくなります。同じチーム内だけだと異なる意見が出にくいため、さまざまな境界を超えて組織や個人をつなぐ役割を担うバウンダリースパニング(外部環境との橋渡しをする機能)の仕組みを導入することも有効です」とアドバイスする。

 一方、価値創造に強い「効果の経営」を重視する企業でも、効率性は重要だ。既存の事業を効率よく回すことでしっかりと収益を獲得することができなければ、次のイノベーションへの原資が不足し、事業継続さえも困難になりかねない。一方で一つのコア・コンピタンスにだけ注力するのも効率はよいものの集中のリスクを負う。長内氏は「ソニーが復活できた要因の一つも、エレクトロニクスだけでなく、ゲームや金融、音楽、エンタテインメントなど複数の収益源を持っていたことです。異なる市場や顧客を持っている意味は大きい」と強調する。

 パーパスやミッション、ビジョンなどの大まかな方向性は共有する。しかし、その下で実際に経営を行うマネジメントのスタイルや戦略はすべての部署で同一である必要はない。むしろ、社会や経済、事業の変化に柔軟に対応していくためには、戦略をはじめ、社内の組織やマネジメントを一色に染めないことが重要といえそうだ。

 多様性を担保するためには、繰り返しとなるが、経営者や社内に「さまざまな考え方、さまざまなやり方を許容する。違いがあっても、違いがあることを前提に考えるという意識改革が重要」(長内氏)とし、必要に応じてコンサルティングファームなどの外部の力を上手に活用すると有効なケースがあるという。たとえば、長内氏は、コンサルティングファームなどの新規事業支援サービスの活用について、次の2つのメリットを挙げる。

「一つは、組織の壁を越えて外の情報を取り入れるバウンダリースパナーの役割が期待できることです。もう一つは、『資源動員の正当化』の手段として利用できること。新規事業のアイデアや技術が斬新で事業計画が大きくなるほど社内外の賛同を得るのは難しいもの。外部の専門家による客観的な分析や評価があれば、より理解を得やすくなります」

 最近は専門領域に特化したコンサルティングファームが増えている。自社の目的や課題に対応できる高度な専門知識と能力を持ち、ともに新しい価値の創造を目指せるパートナーを探すのが有効だといえそうだ。