高岡 食の領域でいうと、オーストラリアのライオンとフィリピンのサンミゲルへの投資は、グローバル展開という点で大きな意味を持つM&Aでした。両社とも2000年前後に1回目の投資をして、2009年に2回目の投資を実行しました。ライオンは株式の100%、サンミゲルはビール事業の約49%を保有していますが、両方とも利益貢献度の大きい事業に成長しています。
医薬の領域では、先ほどご紹介した協和キリンが欧米を中心に堅調に成長しています。2023年には医薬品の開発パイプラインを強化するための投資として、協和キリンが遺伝子治療のスタートアップ、英オーチャード・セラピューティクスを買収しました。
ヘルスサイエンス領域では、協和発酵バイオをキリンHDの直下に置く事業再編を行うとともに、(化粧品・健康食品メーカーの)ファンケルに出資しました。また、2023年にオーストラリアのナチュラルヘルス企業であるブラックモアズ社を買収し、アジア・パシフィック地域での事業基盤を強化しました。

Hiroaki Takaoka
キリンホールディングス 執行役員 経営企画部長
M&Aの成功確率を上げるためのキリンHDの4つの取り組み
石本 新たな事業領域の確立や海外での成長機会獲得において、M&Aを戦略的に活用してこられたことがよくわかりました。M&Aを起点にして継続的に事業変革を起こしていく組織能力、つまりM&Aレディネスを高めるという点では、どのようなことに取り組んできましたか。
高岡 M&Aは成功したケースばかりではなく、結果的にうまくいかなかったこともありますし、ブラジルでのビール・飲料事業や中国の清涼飲料合弁事業を売却するなど、ポートフォリオの見直しも継続的に行ってきました。そうした経験を積みながら、組織能力を高めてきましたが、当社の主な取り組みとしては4つ挙げられます。
1つ目は、M&A担当チームの組成と育成です。キリンHDの経営企画部内に担当チームがあり、専門能力を持った人材が事業会社のM&Aをサポートしています。
2つ目は、経営会議での徹底した議論です。M&A実施前に、戦略的意義や組織統合の方向性などについて、執行役員以上が参加する経営戦略会議、それに加えて取締役会でも徹底的に議論しています。
3つ目は、取締役会でのレビューです。各年度のM&A案件を振り返り、組織としての学びや反省点を抽出しています。
そして4つ目は、過去の経験から得た学びや注意点をまとめた「M&A Playbook」の作成と活用です。M&Aを実施する際には、M&A担当チームだけでなく他の本社部門や事業部門のメンバーも加わり、大きな案件では100人近い規模になることもあります。その全員がM&A Playbookを読んで、ナレッジを共有しながらM&Aプロセスを進めています。
この4つの取り組みを軸にしながら、M&Aの成功確率を高めるための組織能力を継続的に磨いています。
石本 M&Aの件数が増える中で、担当チームの人員も増やしていらっしゃるのでしょうか。
高岡 チームの人員は必ずしも増やしているわけではありません。各事業会社が戦略の一環としてM&Aを実施していくために、候補企業の探索などを行う人材が事業会社側にいますので、担当チームはそうした人材と一緒になってM&Aを進めています。
石本 経営会議で徹底的に議論しているということでしたが、議論のポイントとしては何を重視されていますか。
高岡 バリュエーション(企業価値評価)など財務的な面だけでなく、理念・カルチャー、M&A実施後にどういう時間軸で価値を創出していくかなど、さまざまな観点から議論を繰り返しています。M&Aという手段が目的化しないように、当社の企業価値をどう上げていくかという基軸は、ぶらさないようにしています。
石本 最後に、今後御社として強化していきたい組織能力があれば、お聞かせください。
高岡 今後はクロスボーダー案件がさらに増えると考えられます。M&Aを実施するのも、実施後に事業価値を上げていくのも人なので、そういう人材を持続的に育成・確保することが大きなポイントになります。
もう一つ、目まぐるしい環境変化に事業ポートフォリオ経営で対応していくためには、マクロ経済や地政学など外部環境の変化に関して広範かつ深い洞察をキャッチするインテリジェンス能力を強化する必要があると感じています。
高岡氏との対談を終えた後、石本氏と久木田氏は次のようなコメントを述べ、セッションを締めくくった。
石本 今後は既存の事業領域だけで成長機会を広げることは難しくなり、異なる事業領域との重なりによって生じる質的変化を的確に捉えて、ビジネスモデル変革にチャレンジしていく必要があります。そうした「X-Industry」(クロスインダストリー)視点でのビジネスモデル変革を実行するためにも、M&Aレディネスを強化していくことが企業に求められます。
久木田 企業価値創造の観点から見れば、M&Aと企業変革はまさに一体的、循環的であり、M&Aを起点とした価値創造の循環をつくり出すTransact to Transformと、それを実行可能にするM&Aレディネスの構築が不可欠になってくるといえると思います。
*PwCコンサルティングによるセッション「変化する世界と日本企業が取り組むべき成長のための変革」は、こちら。
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