仁科 結論から言うと、両方です。ただ、順番は変わりたい人たちが先です。変わりたい人たちと一緒に変革の象徴的な事例を生み出して、その恩恵をなるべく多くの人が実感できるようにします。そうすると、「変わるのも悪くない」と思う人が少しずつ増えて、最終的に組織全体が変わるイメージです。

KAZUNARI UCHIDA
早稲田大学 名誉教授
東京女子大学 特別客員教授
内田 その順番は大事です。経営者の視点で言うと、組織全体の変革のモメンタムを上げるには、変えたくてしょうがない人たちにどんどんリソースを集中すればいい。そうすると、ほかの人たちから「あの人ばかりにリソースを集めて、不公平じゃないですか」と不満が出ます。そうなればしめたもので、「君もやりたいなら、どんどんやって」とリソースを与えてあげればいいんです。変革の初期段階で、そうやってクイックヒット(小さいが短期で達成された成功事例)を増やしていくと、懐疑的な見方をしていた人たちも変わります。
仁科 僕たちはクイックウインと言っていますけど、考え方はまったく同じです。
打率ではなく打席数で評価する
内田 変革は未知の領域へのチャレンジだから、失敗が付き物です。企業の変革に一緒に取り組むSTUDIO ZEROには、どういう人が集まっているんですか。

SO NISHINA
プレイド
STUDIO ZERO 代表
仁科 採用では、どういう会社にいたか、出身校はどこかは問わないのですが、何にチャレンジしてきたか、チャレンジの度合いはどうだったかは、かなり突っ込んで聞きます。事業を複数立ち上げた後、STUDIO ZEROに参画した人も複数います。起業が成功したかどうかは関係なくて、そういうチャレンジをした経験がある人のほうが活躍しやすい組織です。
内田 やや余談ですが、私はコロナ禍の直前にイスラエルのスタートアップの視察に行きました。人口比で見るとハイテクスタートアップの数は世界一といわれていますが、あるスタートアップ経営者と懇談した時にこんな質問を受けました。「私はこれから人を採用します。最終候補はAさんとBさんの2人。Aさんは、起業に2回成功しているシリアルアントレプレナーで、Bさんは3回チャレンジして全部失敗しています。どちらを選ぶと思いますか」と。
私は迷わず「Aさん」と答えたのですが、彼は「いえ、Bさんです」と言いました。起業の成功確率は千に三つといわれますが、Aさんが3回目も成功する確率は高くない。逆にBさんが次も失敗するとは限らない。大数の法則に従えば2人の成功確率は大差ないけど、経験値は3回チャレンジしたBさんのほうが上。だから、Bさんを採用するという彼の考え方には驚いたけれど、統計学的に正しいので目から鱗でした。
仁科 なるほど、面白いですね。
内田 早稲田大学ビジネススクールで同僚だった牧兼充先生は、シリコンバレーのスタートアップに詳しいのですが、彼によるとシリコンバレーで人材を輩出しているのは、失敗したIT企業です。成功して大きくなった企業は人材を抱え込むけど、失敗したIT企業からまた起業にチャレンジする人がどんどん出てくる。スタートアップもまったく同じです。経験値の高い人がマーケットに次々輩出されるから、シリコンバレーのスタートアップエコシステムが成り立っているのです。
日本でもセカンドチャンスを得る人はいるかもしれないけど、2回失敗して3回目のチャレンジという人はあまり聞いたことがない。
仁科 失敗を許容する文化が大切だという意識は、大企業の中で徐々に広がってきましたけど。
内田 「許容する」という考え方が、よくないと思う。許すというのは、「成功は善で、失敗は悪だ」という認識に基づくものです。変革も起業も一度の挑戦で成功する確率は低い。だから、チャレンジの数で成功の数が決まる。打率が低いなら、打席数を増やさないとヒットの数は増えません。
成功か失敗かではなく、チャレンジの数で人を評価すればいい。評価の基準を変えるだけなら、コストもかかりません。