中国の環境破壊が社会不安を招いている

 多くの多国籍企業は、中国での事業展開には、知的財産権の侵害、贈収賄、透明性の欠如、政情不安の可能性といったリスクがつきまとうため、これらを少しでも減らそうと努めている。ところが、最大の問題の一つである大規模な環境破壊について、経営委員会の議題に上ることはない。

 次の問題について考えてみてほしい。2005年12月、中国東北部のある大都市で化学物質が河川に流出し、断水が4日間続いた。2008年夏に開催される北京オリンピックでは、大気汚染による選手の健康被害が問題視されている。IEA[注1](国際エネルギー機関)の発表によれば、中国は2009年、予測より10年以上も早くアメリカを抜き、世界最大の温室効果ガス排出国になるという。

 中国の環境問題は、いまやGDP成長の足かせになりつつある。2006年6月、SEPA(中国国家環境保護総局)は、環境破壊と環境汚染がもたらす中国経済へのダメージは毎年GDPの1割に上ると発表した。

 この数値は、中国メディアの報道とも一致する。水不足による工場の稼働停止は総工業生産高を最大360億ドルも減少させ、酸性雨による環境汚染や健康被害は130億ドルに達し、砂漠化は60億ドルの損害をもたらす等々──。

 人体への影響も深刻である。カナダのマニトバ大学教授で環境専門家のバーツラフ・スミル[注2]によれば、中国では大気汚染による死亡者数が毎年40万人を超え、水質汚濁による健康被害は1億9000万人に及ぶほか、地域の生態系が破壊された結果、移住を余儀なくされた人がすでに4000万人に達したという。

 中国政府も、環境破壊が社会不安を招くことを懸念している。中国メディアが報道した環境破壊に対する抗議活動は、2005年には約5万件あった。その多くが小規模とはいえ、参加者3万~4万人超という大規模なものもあり、また暴動が起こることもある。いずれにしても、その発生頻度は増えつつある。

 中国政府は、これらの問題はもちろん、将来起こりかねない悲劇について認識しているとはいえ、その政治システムが障害になって、環境破壊の進行を食い止められずにいる。2006年春、SEPAは、2003年から2005年までに報告された環境規制違反7万件のうち、処分を受けたのはわずか500件であり、それもこれも、地方自治体が環境規制の違反を奨励し、罰則を適用しないため、法規制が形骸化していると指摘した(囲み「環境保全を妨げる中国の政治システム」を参照)。

環境保全を妨げる中国の政治システム

 多国籍企業が中国の環境問題に対処するに当たっては、中国の政治体制の権力構造とインセンティブについて知っておく必要がある。

 中国政府は、あらゆる面で経済に介入する。そこには、かつて北京の共産党指導者たちが一党支配を安定的に維持しつつ、社会主義による計画経済を企業家精神にあふれる市場経済へと移行させるために、強固な政治体制を敷いたという背景がある。

 中国の行政区分は、国、省、市(地区)、県、郷に分けられる。この体制の下、「域内のGDPを成長させる施策であれば、柔軟に対応する」ことが、国は省へ、省は市へ、市は県へといった具合にと伝えられる。

 成功すれば、2とおりの方法で報われる。一つは公式なもので、域内GDP成長率に連動した年次査定である。もう一つは非公式なもので、域内の主要企業に出資したり、あるいはそこで役職を得たり、また親族を経営陣に送り込んだり、あるいはちょっとした賄賂などにあずかったりといった個人的な利益である。

 このような行政管理体制ゆえに、公務員の世界に企業家精神が広がり、中国共産党は変容している。現在の共産党は「中国官僚資本主義党」と呼ぶのがふさわしい。党の指導者たちは、およそ自由市場の信奉者ではない。

 彼らの向こう見ずといったら、まったく企業家顔負けで、管轄域内のGDPを急成長させるためならば、なりふりかまわず政治力を行使し、国有企業や民間企業と結託する。このように行政と経済が結びつくのは、そのようなインセンティブが働いているからであり、その結果、中国の政治システムはブレーキの利かない成長マシンと化している。

 このようなインセンティブ・システムのせいで、地方官僚たちは自分が関わっている企業を守るために、経済成長の妨げになりかねない環境関連の法規制を適用しない。それどころか、法規制を無視してでもGDPを継続的に増加させるよう、域内の企業に命じている。

 これら法規制を犯しても罰金を支払わずに済むよう、違反を上司に報告しなかったり、地方裁判所で不利な判決が出ないように介入したりする。また、法規制の影響を被った企業には、減税や融資といった財政面で支援する。

 極めつけは、各行政区分には環境保護の担当部門が配置されているが、中央政府のSEPA(国家環境保護総局)ではなく、各行政区分の長の直轄に置かれていることだ。

 北京の中央政府が地方官僚たちにいくら環境保護を命じたところで、たいていあだ花に終わる。たとえば、2005年から2006年にかけて進められたイニシアティブでは、地方官僚の査定方法が見直され、どれくらい環境保護に貢献したか、その成果を反映させるだけでなく、域内経済をきちんと管理するように、環境破壊を考慮したうえで、域内GDPの実質成長率を計算することを決定した。しかし最終的には、技術的な問題と地方官僚の抵抗から実現しなかった。

 中国の名誉のために申し上げれば、中国政府は、地方の環境保護の取り組みを促すために、2006年から2010年までに約1750億ドルを投じ、環境関連のインフラ整備や技術開発を推し進める第11次5カ年計画を発表している。

 地方の指導者たちはこうした投資を歓迎するものだ。新たな施設の建設は、雇用を創出し、地域に利益をもたらすからである。施設を建設するとなれば、中国には途方もない労働力がある。

 このような設備投資は、地域を活性化させるが、既存のインセンティブ構造のせいで、地方官僚たちはせっかくの施設を有効活用しようとしない。

 たとえば、第10次5カ年計画で政府が出資して建設された浄水場は、現在その半分が遊休状態である。というのも、自治体の長たちは、この施設を稼働させるために自分たちの予算を使おうとしないからである。同様の理由から、珠江(しゅこう)デルタ地域の煙突掃除設備もほとんど使われていない。企業にしてみれば、規制を守るよりも罰金を払うほうがコストを抑制できるからだ。

 環境を脅かしている政治戦略を改めるには、まず地域のインセンティブ構造を変える必要があるが、それには相当の政治資本を傾けなければならない。つまり、中国全土の各長に向けて、中央政府が「次の大改革は、諸君が自腹を切ることだ」と命令するのである。しかし、政府は政府で山ほど重要案件を抱えており、不退転の覚悟があるかどうかは疑わしい。

 では、この政治が支配する経済において、多国籍企業が成功を収めるにはどうすればよいのだろう。

 一つは、自社が中国の環境保護に貢献していることを、中央政府の指導者たちに理解させ、公に認識させることである。この効果は抜群である。なぜなら、中国全土の地方官僚たちにあまねく裁量が委ねられているとはいえ、やはり中央政府が推薦する企業と手を組みたがるからだ。いつもは国有企業を優先する地方官僚たちも、中央政府からお墨つきをもらった外国企業となれば話は別で、いとも簡単に協力するだろう。

 このような外資であれば、地方自治体は先を競って獲得に乗り出すというインセンティブが働く。したがって、ある地方自治体の協力を求めるならば、その自治体のインセンティブと関心事を理解し、それを満足させるような提案をすればよい。

 次のように働きかけることで、ビジネスチャンスをつかむことができるはずだ。

・地域経済の成長、雇用、財政など、自社が提案する環境プロジェクトが地域にもたらすメリットを説明する。

・環境基準を満たし、新しい手法をいち早く導入したことを宣伝し、中央政府の目標達成に貢献した地域として、その知名度を高めることを約束する。

・地域住民が、環境保全プロジェクトの技術スタッフになるための訓練を提供する。

・地元の学校で、科学ならびに環境の教育に協力する。

・環境保全によって、その地域に大きな可能性がもたらされることを説明し、地場産業の活性化に協力する。

 このような中国の環境問題は、外資の中国事業の成否に大きな影響を及ぼす。にもかかわらず、環境問題に熱心に取り組んでいる企業は少ない。