多角化戦略にまつわる誤解

 複数の分野で事業を行う多角化経営は、いまでも企業形態として最も一般的なものだ。多角化経営の戦略を練り上げるのは間違いなく骨の折れる作業だが、リーダーの多くはそのやり方を間違えている。というのも、事業ポートフォリオの組み合わせをどうするかという点を重視しすぎる一方、それぞれの事業自体にいかに価値を付加するかという点を軽視しすぎているのだ。

 たしかに事業領域が広いほうが戦略の選択肢は増えるが、選んだ戦略をきちんと実行できるかどうかは、自社の価値創造の源泉に組織構造と経営プロセスを合致させることができるかどうかにかかっている。

 本稿で紹介する企業戦略の立て方は、経営に不可欠な要素のすべて──価値創造のビジョンから事業ポートフォリオの選別、組織構造と経営プロセスまで──に一元的に対応できる。この方法は、筆者らが何十年にもわたり複数事業企業について研究し、ケーススタディの教材をつくって講義をし、そうした企業と協働してきた経験から生まれた。筆者らは「複数事業企業」という言葉を使うが、これはさまざまな事業の組み合わせ方をしている幅広い企業を含む。どの事業でも似たような製品を売っている企業も含まれるし、昔ながらのコングロマリット──大半が互いに無関係の事業の集合体──のように、そうでない企業も含まれる。

 筆者らの考えによれば、事業にきちんと付加価値をつけられる企業戦略は、言わば連続体の形をしている。リーダーは、自社の立ち位置をその連続体のどの辺りに定めるのかを決めなければならない。どの位置を選ぼうとも必ずトレードオフは生じるし、選んだ位置に応じてそれぞれ決まった経営プロセスが必要になる。したがって、連続体の別の場所にある要素を混ぜ合わせるのは難しい。この筆者らの考え方は、企業戦略の実行について極めて広範囲の含意を持つ。

多角化のデメリットを乗り越える企業

 ITなどの技術進歩で破壊的な変化が起きているこの時代、大企業は旧来型の事業を分離・売却し、革新的なビジネスモデルの新規事業に参入せねばならないというプレッシャーに常にさらされている。現在、多くの大企業がデジタル・トランスフォーメーション(DX)の真っ最中だが、変革を進めて効率性を高めるためには多くの場合、各事業間で十分に連携の取れたやり方が必要となる。その一方で、競争相手となるのは動きが機敏で一点集中型のスタートアップ企業なので、大企業は事業間のシナジー効果の出し方について再考を迫られている。

 このような環境下で実行されてきた企業戦略は、その大多数が失敗に終わっている。実際、過去の実績を見ると、複数事業企業のほとんどは株主価値を毀損してきた。こうした企業には“多角化ディスカウント”が起きていることが複数の研究で明らかになっている。フィリップ G. バーガーとエリー・オフェックの研究や、それに続く多数の研究によれば、そうした企業の時価総額は各事業の個別の価値の合計より平均して15%ほど低いのである。

 だが、多くの複数事業企業が悪戦苦闘する中で(ゼネラル・エレクトリックの劇的な事業縮小と崩壊が好例だ)、見事に成功している企業もある。そうした企業の中には、旧来型の事業を営むもの(ダナハーなど)もあれば、トップレベルのプライベートエクイティ企業(ブラックストーンやKKR)もあるし、テクノロジー業界の巨人(アマゾン・ドットコムやテンセント)も含まれる。