何が聖域であり
何がそうでないか

探求はどこまでもどこまでも続き
終えたと思った時には
必ず原点へと回帰している。
我々はその時初めて原点を知る。
 トーマス S. エリオット
 『4つの四重奏曲』より

 繁栄を続ける企業には、確固たる基本理念や企業目的が必ずある。世のなかはたえず変化しており、これに適応するために戦略を見直したり、仕事のやり方を改革したりするが、このような偉大な企業の基本理念や企業目的はけっして揺らぐことがない。

 ヒューレット・パッカード(HP)、スリーエム(3M)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、メルク、ソニー、モトローラ、ノードストロームなどは、たゆみなく自己変革を続け、長期にわたって目覚ましい業績を上げている。その秘密は、自社の拠りどころを堅持しつつ、常にみずからをさらなる進歩へと駆り立てる組織活力にある。

 HPの社員たちは、仕事のやり方、文化的規範、事業戦略などを抜本的に改革することはあっても、自社を支える精神、すなわち「HPウェイ」は不変であることを心得ている。J&Jは折に触れて組織のあり方を問い直し、業務プロセスを改革してきたが、かねてからの企業理念をこれまでどおり大切にしている。

 3Mは1996年、成熟化したコア事業をいくつも売却してメディアを驚かせたが、そのような思い切った決断を下したのは、「解決不能とされる課題を、革新的な手法によって解決する」という、自社が掲げる永遠の目標に立ち戻るためだった。

 我々が『ビジョナリーカンパニー』を執筆するに当たって、さまざまな企業を調査したところ、これらのビジョナリー・カンパニーの株価は、1925年以来、株式市場全体を12ポイントも上回るパフォーマンスを示している。

 偉大な企業は、けっして変えてはならないものと、時と場合に応じてメスを入れるべきもの、また聖域とそれ以外の領域の違いを心得ている。伝統と変革をマネジメントするという、このたぐい稀なる能力を発揮するには、自制が求められるのはもちろん、ビジョンを描く力が要求される。

 ビジョンとは、守るべき核心は何か、どのような未来に向けて邁進すべきかを指し示すものである。ところが、ビジョンという言葉ほど、その本質が理解されないまま、むやみに用いられてきたものはない。

 この言葉から受けるイメージは、確固たる信念、卓越した業績、人と人との絆、挑戦意欲をかき立てる目標、モチベーションの原動力、存在理由(レーゾンデートル)など、人によって千差万別である。

 では、しきりに持てはやされるこのビジョンという概念を正しく定義し、この言葉にまつわるあいまいさを排し、社内に首尾一貫した明快なビジョンを打ち立てるには、どうすればよいだろう。