患者・家族だけでなく、医療機関や社会保障に貢献する「Access to Health」

飯野 アステラス製薬のサステナビリティ活動の指針であるマテリアリティ・マトリックスでは、19の重要課題を選定し、うち9つを最重要課題としていますが、「保健医療へのアクセス向上」(Access to Health)が一丁目一番地です。

 Access to Healthでは複数の活動を実施しており、その中で今回、インパクト評価の対象に選んだのが、マレーシアにおけるBEAUTY & Health(ビューティ・アンド・ヘルス、B&H)プログラムです。

飯野伸吾
アステラス製薬
サステナビリティ部門長 薬学博士

 マレーシアでは、がん患者さんの60%以上が、がんが進行した状態で診断されるため、治療が遅れ、予後が悪くなるという社会課題があります。これは、がんの早期発見・早期治療につながるヘルスリテラシーが高くないことが原因です。この課題解決に取り組んでいるのがB&Hプログラムで、アステラス製薬はその活動を実施している非営利団体を財政的に支援しています。

 このプログラムがユニークなのは、がん教育のためのデータベースを作成しているほか、住民が日常生活で利用する地元の理髪店や美容院で、コミュニティセッションを開催し、がん検診の受診を促すなどヘルスリテラシーを高める活動を行っていることです。

大室 Access to Healthとして実施している活動の中でも、B&Hプログラムは疫学データなど利用可能な情報が多かったことから、インパクト評価の対象に選びました。

 このプログラムの実施により、アウトカムとして、がんの早期発見や適切な治療による予後の改善が直接的に期待されます。さらに、こうしたアウトカムは、がん患者さんご本人にとどまらず、ご家族や医療機関、さらにはマレーシアの社会保障制度にもプラスの影響を及ぼし、社会全体に広くインパクトをもたらします。こうした包括的な社会的インパクト創出こそが、B&Hプログラムの真の目的であり、それを定量化することに大きな意義があると考えました。

大室信太郎
アステラス製薬
サステナビリティ部門 センターオブエクセレンス グループリーダー

森田 企業がインパクト評価に取り組む場合、アステラス製薬さんのようにまずは何のためにインパクトの定量化を行うのかという活用目的の整理と、コンセンサスづくりをしっかり行ってから進める必要があります。

 活用目的は大きく2つ挙げられます。一つは、サステナビリティ活動へのインプットに対して、どれだけのアウトカムがあったかを一定の物差しで定量評価することで、社外のステークホルダーに数値的に説明できるようにすること(ステークホルダーを含む組織外関係者への訴求力向上)。もう一つは、定量評価の結果を社内で振り返り、次の計画に活かすなど、データによって経営管理と意思決定を高度化することです(組織内における意思決定力の強化)。

 中長期的な企業価値の創造を支える仕組みとして、インパクト評価を継続的に活用していくためには、どちらか一方ではなく、社内外両面での活用を見据えることが重要です。

 目的を整理した後は、どのインパクト項目をどのように評価するかを検討することになります。この段階では先ほど触れたVBAやIWAといったフレームワークを活用することをまず考えます。インパクト測定の継続性や算定する数値の妥当性の観点からは、自社で一から評価項目や算定法をつくり上げるより、世界的に認知されているフレームワークをベースとすることが望ましいと考えます。そのうえで、自社としてこだわるインパクト要素を加えて、どこまで独自性を出すか。そのバランスが重要なポイントとなります。

 インパクトを継続的に創出していくためには、自社の事業活動を推進するための経営管理サイクルへの統合を見据え、インパクトを定期的にモニタリングしていくことが必要です。一度測定して終わりではなく、継続的に測定していくことで、経営管理サイクルの中にインパクト評価を組み込むことができるようになります。