デジタル戦略は常に見直し
進化させる前提で策定

編集部(以下色文字):ヤンマーホールディングスは1912年に創業、1933年に世界で初めてディーゼルエンジンの小型実用化を実現し、農業機械や建設機械、船舶など幅広い事業を展開しています。現在は売上高1兆1600億円、純利益220億円(いずれも2025年度見込み)で、売上げの約6割を海外で稼ぎ出します。

 2022年に、生成AIの活用を含む同社で初めてのデジタル中期戦略を策定するとともに、取締役CDO(最高デジタル責任者)のポストが新設されて奥山さんが就任しました。背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。

奥山(以下略):デジタル中期戦略の発表以前、グループ経営陣の中には、我々の内部プロセスの生産性向上はもちろん、製品やソリューションを創出するために、AIやデジタルを活用する動きをもっと加速させなければならない、という強い危機感がありました。

 当時もIT部長はいましたが、これからは取締役レベルで、デジタル、AI、IT、そして情報セキュリティまでを管掌し、グループ全体で本腰を入れて推進する人間が必要だという結論に至りました。そこで新設されたのが、デジタル担当取締役であるCDOというポジションです。

 では、誰にしようかとなって、当時、私はヤンマー建機の社長としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進グループをいち早くつくりデジタル化に注力していました。その取り組みが本社にも届き、白羽の矢が立ったのではないかと推察しています。

 デジタル中期戦略には、「デジタル基盤の構築」「既存オペレーションの最適化」「新たな付加価値の提供」という広範な目標が盛り込まれました。最大のポイントはどこにありましたか。

 まずはハーバード流の「90日プラン」のごとく、大きな方向性を決めようと策定したのが、あのデジタル中期戦略です。これを策定するに当たり、私がCDOに就任してすぐに、当時の事業部長や機能部門のトップ、現地法人のトップなど約30人全員と1on1でインタビューを実施し、それぞれがデジタルIT分野で抱えている課題や、将来目指している方向性を一気に聞き取りました。

 そこで判明した大きなポイントとしては、将来的には生成AIなどデジタルの力を応用して製品やソリューションを高度化したいという思いがある一方で、実は足元の基幹システムやデータ基盤が非常に弱いという現実でした。通常は「まず基盤を整えてから応用へ」という流れが順当でしょうが、それではいまの時代のスピード感に間に合いません。基盤整備と応用を同時に実施すると決定し、結果としてあのデジタル中期戦略にはいろいろと盛り込むことになりました。

 ただ当時から考えていたのは、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代ですから、時間をかけて戦略を練り上げてから3年や5年もかけて実行するのではなく、最低限の情報で早期に方針だけ決めて走り出してから、常に見直して進化させていこうということでした。そのため、3カ年戦略が終わったら、また新しい3カ年戦略を策定するという姿勢ではなく、これまでも戦略は常に見直しながら進化させてきています。

 歴史のある会社で、そういった走りながら考えるような取り組み方は珍しかったのではないですか。

 おそらく、かなり斬新だったと思います。私が先陣を切ることで、皆が巻き込まれるようについてきた部分はあるかもしれません。

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PDCAを高速で回す「ぐるぐるモデル」を進化させる

 ヤンマーのデジタル戦略に、生成AIはどのように組み込まれていますか。

 2022年に発表したデジタル中期戦略では生成AIについて明確には書かれていませんが、実際のところ、戦略の推進ツールとしてしっかり埋め込んでいます。

 我々はPDCAを高速に回して、製品と内部プロセスの進化を飛躍的に加速させる取り組みを「ぐるぐるモデル」と呼んでいますが(図表1「ぐるぐるモデル」を参照)、生成AIはこれをいっそう加速させるカギになります。なぜなら、デジタル化によって、ビジネスというゲームのルールが変わったためです。

 まず、PDCAサイクルによって生み出される創出価値は、次の式で算出できます。

創出価値=(1+r)t

 デジタルの本質の一つは、「r」(改善率)を上げることから「t」(改善の頻度)をいかに上げるかへ、勝負の原理が変わったことにあると私は考えています。仮に、1年に1回だけ改善サイクルを回して40%の改善ができても、元の1.4倍にしかなりません。しかし、毎日0.1%の改善を365日積み重ねることができれば、結果として元の約1.44倍になり、前者よりも大きな成果を生むことができます。

 生成AIや機械学習を使って、この「t」の頻度を増やし、先ほど挙げた「ぐるぐるモデル」の改善サイクルを高速かつ可能な部分に関しては自動的に回すことこそが、我々の目指す姿です。そして、生成AIや機械学習、データ基盤や基幹システムのモダナイゼーション(刷新)も含めて、すべてはそのためにやっている、と皆が意識することが重要です。その目的意識が薄れてしまうと、紙をなくすことやシステム導入自体が目的になりかねません。

 生成AIを活用することによって、PDCAのぐるぐるモデルがいっそう高速化されたわけですね。

 そうです。データが生まれてくる場はさまざまで(図表2「DXの全体像と生成AI」を参照)、お客様の体験やバリューチェーン、我々が提供している商品やソリューション、それを生み出すための社内プロセス(営業・サービス、サプライチェーン、エンジニアリングチェーン、バックオフィス)など、それぞれから得られるデータがあります。たとえば、お客様が我々の機械をどう使っているかのデータや、機械自体についているセンサーから取れる機械の動き方のデータのほか、社内の基幹システムやCRM(顧客関係管理)などからすべてのデータを、一つのデータ基盤に集約します。

 そのデータ基盤にAIやBI(ビジネスインテリジェンス)、RPA(ロボティックプロセスオートメーション)を活用して付加価値を生み出し、それを再び社内プロセスや、製品・ソリューションへとフィードバックして、我々の内部プロセスや製品・ソリューションの双方を進化させてきています。

 ぐるぐるモデルの高速化によって具体的にどのような成果が挙がっていますか。

 一例では、トマトやキュウリの収穫時期を画像認識で判定するソリューションの開発があります。当初は、葉っぱが重なると実の成熟度の判定精度が落ちるなどの課題がありましたが、あるモデルをAIが判定した結果について夕方に人間が見にいって答え合わせをし、そのデータをもとにAIのモデルを再学習させたうえで、翌日は別のモデルで判定させて……というサイクルを回すことで、精度を上げることができました。お客様の元で製品やソリューションが使われることで生成AIが日々賢くなり、機能を進化させられます。これを実現するために製品にセンサーを配置し、クラウドで分析できるデータ基盤を整えるなどして、ぐるぐるモデルを回せる仕組みを整えています。

 この時に重要なのは、我々の提供する製品やソリューション周辺だけではなく、お客様の生活の全体像が把握できるよう、バリューチェーンや体験の前後にわたる広範囲なデータを収集・分析することです。それを新規ソリューションの提供につなげていこうとしています。

 生成AIの活用法といってもいくつかあって、1つ目は製品やソリューションに搭載してそれら自体を進化させていく形があります。2つ目として、さまざまなデータを一つの基盤に集め、生成AIに読み込ませ、加工させて人間に提供させるわけですが、ソースにかかわらず部門横断的にデータを取りにいかせるような構造にしています。たとえばアグリ事業部が販売しているトラクターがどういうふうに使われていて、その中のエンジンがどういう動きをしているかというデータを、エンジン事業部が知りたければ個人情報や機密技術情報などを除いて見られる仕組みをつくっています。

 3つ目は目新しくはないですが、SAPやセールスフォースといったソリューションそのものにもAIが組み込まれているので、それらも含めて横で連携し合って業務を遂行するような取り組みを強化しています。

全社の資産として「データの民主化」を推進

 部門の枠にとらわれず、社内の各種データを互いに活用できる体制なのですね。各部門の壁が弊害になる企業も多そうですが、そうした問題はなかったですか。

 たしかに、以前は事業部ごとにデータがサイロ化していて、事業部の了解がないとこのデータは使えない、といったこともありました。そこで、「データはヒト・モノ・カネと同様に会社全体の資産であり、特定の事業部の資産ではない」という新しい考え方を浸透させ、個人情報や機密技術以外は誰でも見られるように「データの民主化」を進めてきました。

 一部に反対する人もいましたが、取締役会でグループとしてそうすべきだと合意して、決定事項として各事業部門のトップに説明して納得してもらいました。

 先ほど農作物の収穫時期を自動検知するソリューションの話がありましたが、データを軸にした新たな製品・ソリューションがすでに出てきているのでしょうか。デジタル中期戦略に掲げられた「深化」(既存事業の進化)と「探索」(新規領域)の具体事例があれば教えてください。

 まず「深化」の一例で言えば、アグリ事業のソリューション開発があります。農家のお客様の農地の広さや作物の種類、土壌診断データなどを取得して、生成AIがそれを分析し講じるべき対策をまとめてレポート形式でお客様に送付するまでを自動化して提供したいと思っています。

 ヤンマーでは、全社員がパーソナルAIアシスタントを利用する前提で、劇的な生産性向上を図りたいと考えて、その活用度を次の4つのレベルで定義しています。ビジネスプロセスに組み込んで対価をいただけるレベル3に当たる事例も出てきています。

ヤンマーにおける生成AI活用レベル

 レベル1:パーソナルAIアシスタント

 議事録作成や翻訳の自動化、プログラミング支援など。面白い例として、私の過去の記事や発言を学習させた「奥山クローン」のようなものをつくっています。24時間、365日いつでも質問できるうえ、くだらない質問だと思われないだろうか、というリスクを気にせず何でも聞けるため、人気のあるソリューションです。部下が私に資料を持ってくる前にパワーポイントの資料を読み込ませて、「ここは直したほうがいい」といった指摘を反映させてから持ってくる、といった使い方が実際にされています。

 レベル2:組織ナレッジの活用による生産性向上

 過去の品質問題や問い合わせ対応履歴などを読み込ませ、業務に活かす段階。

 レベル3:業務の支援・代行AI

 システム登録や提案文書の作成など特定のタスクに関して、データの収集やその判断、提案書の作成までをAIが一貫して行う段階。

 レベル4:自律型AI(AI中心)

 資材価格の自動交渉や、需給の自動調整など、複数にわたるより大きな業務の塊をAIが自動で遂行する段階。

 一般に、このレベル3の実用化は壁が高いという声を多く聞きますが、さらに高度なレベル4を目指していきたいと考えています。

 海外企業との事業提携も積極的に広げています。それらの協業も、これからレベル4に当たる自律型AIの取り組みを強化するうえでプラスに働きますか。

 特定の技術が進んでいる海外企業は多く、将来的には差別化要因の一つになると思うので、引き続き積極的に進めていきたいです。パートナーのエコシステムの構築は、今後デジタル・AIで価値を創出する際のカギとなる取り組みだと思います。

生成AIの力で暗黙知を形式知に変える

「探索」(新規領域)の成功例もあれば教えてください。

 代表例は「SAVE THE FARMS by YANMAR」というプロジェクトで、「環境再生型農業」と「営農型太陽光発電」(ソーラーシェアリング)の融合を実現しようとしています。

 環境再生型農業とは、温室効果ガスをなるべく排出せず、肥料や除草剤の利用量を少なくして、土の中の微生物の力を最大限利用して農作物を育てる手法です。複数のパターンでその実証実験を行ったことで、知見が蓄積されてきました。一方の営農型太陽光発電とは、農地に太陽光パネルを設置し、その下で収穫量をなるべく減らさずに農作物を育てる手法で、こちらも同じく一定以上の知見が得られてきました。滋賀県栗東市と岡山県岡山市の農地で、2025年からスタートしています。

 こうした農業のテクノロジー向上にはどうしても実証実験が必要ですが、当然ながら失敗するリスクもあるため、農家の方が個人では取り組みづらいのが実情です。一方、我々のように農地や発電事業を自社で手がけると思い切った実験がしやすいのです。

 また、こうした取り組みはヤンマーの中でも、アグリ事業とエネルギーシステム事業という大きな2つの部門にまたがるため、従来であれば各部門でばらばらに取り組んでしまっていたかもしれません。「SAVE THE FARMS by YANMAR」は、それをまとめて、一つの大きな成果につなげる取り組みです。これによって、食料安全保障、エネルギー安全保障、農地の保全や地域の再生、障害がある方も含めた生産者の収入向上といった、多くの社会課題を同時に解決することを目指しています。

 壮大なプロジェクトですが、中期的な収益目標を教えてください。

 2025年度から本格始動し、農地の規模で言えば2030年に1000ヘクタール、将来なるべく早いタイミングで1万ヘクタール規模を目指しています。いまは国内で米のみを生産していますが、将来は大豆などその他の作物にも広げ、韓国やタイなどの海外市場も視野に入れています。1000ヘクタールで売上規模が約80億円、1万ヘクタールならその10倍に当たる約800億円規模になると試算しています。

 こうした社内の複数部門にまたがる取り組みをいっそう推進するためにも、現在のアグリ事業、CE(建機)事業、マリン事業、エネルギーシステム事業という部門のあり方も、ソリューションベースなどに変化していくのでしょうか。

 たしかに、ビジネスポートフォリオを再検討する余地はあると思います。

 ただ現在でも、タスクを横断しプロセスごとの変革を目指すプロジェクトでは、デジタル部門から3~4人と事業部門から部長クラス3~4人が集まってタスクフォースを組んで取り組むようなことは日常的に行っています。「SAVE THE FARMS by YANMAR」も、複数の事業から部長クラスの人材を集めて組織をつくって進めている一例です。以前はこうした取り組みを部長レベルでやることはそうなかったと思います。

 実態として、部門ごとの壁は乗り越えやすくなってきているのですね。

 そうです。そして、もう一つ「探索」の事例として手応えを感じつつあるのが「農業のデジタルツイン」の構築です。

 これは、高齢化しているベテラン農家さんの暗黙知をマルチモーダルAI(テキスト、音声、画像、動画、センサー情報など複数の異なる情報源を収集し、統合して処理するAIシステム)に学習・解析させて、技術を継承していく試みです。ベテラン農家さんと同じ動きを自動的にトラクターなどの農機で再現できるようにしたり、新規就農者にAIで指導する仕組みを提供したりできるようになることを目指します。

 この仕組みについては、新しく農業に従事したい方々にヤンマーが所有する農地や農機を貸し出すことも含めて、プラットフォームとして提供する事業も想定しています。

草の根コミュニティを300人から3000人に

 現場の業務改善を進めるに当たっては、希望者による「草の根コミュニティ」がカギになっていると聞きました。

 はい。現場の営業企画や生産技術の人たちが立候補ベースで参加するデジタルの草の根コミュニティを組織しています。発足から半年ほどで300人程度だった参加者は、3年で約3000人にまで拡大しており、このうち4割は海外のメンバーです。

 もともと事業部の最前線にいる人の中には、デジタルに興味があって個別に取り組んでいる人がいて、上司に隠れながら自分の仕事をデジタルで最適化していました。それが上司に見つかると、業務と関係のないことを就業時間中にやるなと怒られることもあるので密かに取り組んでいる人が多いのですが、彼らを発掘し、全社的にサポートして成果が認知されるようにしています。他社の成功事例はピンとこなくても、社内のユースケースであれば小さくてもデジタル化の意義を感じたり自分にもできるかもと思ったりしやすいですよね。

 草の根コミュニティ発のユースケースにはどのような例がありますか。

 象徴的なのは、エンジン工場の生産管理部の担当者が、ほぼ独力でつくり上げた排水監視システムです。

 これまで工場排水の確認は、工場の端まで往復30分かけて1日数回は見にいき、目視で行っていました。これをウェブカメラによる24時間監視に切り替えたのです。さらに、クラウド上でAIが排出の良否判定を行い、生成AIが結果を文章化して担当者にメールを送る、という一連の流れをRPAで実現しました。

 その担当者はもともとデジタルのプロではありませんでしたが、業務課題を解決したい一心で、我々の研修プログラムなどを活用しながら実装まで漕ぎ着けました。

 本社で実施するデジタル研修においても、各部門から業務課題を持ってきてもらって一緒に解くようにしています。そのほうが参加者も真剣に取り組むし、結果として役立つ成果を持ち帰れれば上司としても次回も快く送り出そうという気になる。こうして積極的に出席を促すサイクルが回っています。

 そうしたボトムアップの活動を、どのように全社的な動きに広げたのでしょうか。

 草の根コミュニティでの「小さな成功」(クイックウィン)をボトムアップでつくりつつ、月1回の経営会議の場で私から「あの事業部ではこんな成果が出ている」とトップダウンで成功体験を共有します。

 そうすると、事業部長たちが「うちの部はやっていないのか」「隣の事業でやっているなら、取り組んでみよう」と考えてくれて、関心や課題意識につながります。一番変わりにくいのは中間管理職層ですが、ボトムアップとトップダウンの「サンドイッチ作戦」を進めることで、組織全体の文化を変えていくアプローチを取っています。

 よい循環を生み出すために、この2年は現場から小さな成功事例が出てくることに主眼を置いていました。ただし、わかっていたことですが、そうすると小さなタスクごとのデジタル化で終わってしまい、全部のタスクをつないだ「ぐるぐるモデル」が成立しない可能性も出てきます。

 このため、いまは次の段階に進みつつあります。小さなタスク単位ではなくプロセス全体をゼロベースで見直し、エンド・トゥ・エンドでデジタルとAIを駆使した新しいプロセスにつくり変える取り組み、いわゆるBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を強化しています。これによって、いままでは順番にやっていた工程を並列処理したり、工程そのものをなくしたりといった、抜本的な変革が可能になります(図表3「小さなタスク視点からプロセス視点への転換」を参照)。

 例えて言うならば、すでにある井戸から効率的に水を汲み上げる方法を考える時に、この井戸を自動制御しようと部分最適で捉えるのではなく、もっと全体最適で水道管のネットワークを敷こうという発想に導きたいのです。今後はこのような発想や手法で、よりインパクトの大きい、競争優位につながる内部プロセス改善を図っています。

 会社の文化を変えるのは大変なことなので、一撃必殺はありません。会社組織は複雑な有機体ですので、いろいろなところを少しずつ突つきながら、そして組織の温度感を見ながら、ストレッチさせて変えていきます。

トランスレーター人材を3000人に増やす

 生成AIを含めたデジタル戦略をいっそう推進していくうえで、人材の育成・採用はどのように進めていますか。

 デジタル戦略の完遂には、ビジネスを通じてお客様に直接価値を届ける「ビジネスオーナー」と、DX推進をIT技術面で支える「ITスペシャリスト」、データ分析を通じてビジネスに貢献する洞察を抽出する「データサイエンティスト」という3種の人材が必要です。これに加えてビジネスオーナーとデータサイエンティストの意思疎通を支援しながら成果創出の推進役となる「トランスレーター」人材の強化がカギだと考えています。

 トランスレーターとは、ビジネスの現場の課題を理解し、それをデジタル技術でどう解決するかを企画・翻訳できる人材です。「ビジネスアーキテクト」と呼んでもいいかもしれません。これが圧倒的に不足しています。

 ITエンジニアやデータアナリストは外部から採用できても、社内のビジネスに精通したトランスレーターは中途採用が難しいため、内部育成に力を入れています。どういうプロファイルの人がなれそうか、そしてどのように育成していけばいいかという型はわかってきています。先ほど紹介した、草の根コミュニティに参加しているような、事業部にいながらデジタルに興味があって能動的に取り組んできたような人材は有力な候補です。

 トランスレーターが務まる人材はすでに200人以上育ってきていますが、2030年にはこれを3000人規模にまで増やしたいと思っています。

 現在、ヤンマーの業界ポジションは国内2位、世界5位です。デジタル改革による効率化と成長を実現し、中期的な目標をどのように据えていますか。

 2030年に向けた次期中期戦略を策定中ですが、グローバルな経営環境が変化する中、ビジネスボリュームを拡大させるために重要なのは、人員数をそれほど増やさずにこの成長を実現することです。そのためには生成AIを含むデジタルのフル活用が不可欠だと考えています。トップライン(売上高)の拡大にも、ボトムライン(純利益)の改善にも、デジタルがカギになるという合意形成はできています。

 最後に、CDO人材の要件に関連して伺います。奥山さんは大学院で化学を学んだのち、商社の営業、スイス企業のCFO、戦略コンサルティングファームのコンサルタントと、さまざまな職務に当たられてきましたが、いまのCDOの仕事で特に役に立っている経験やスキルはどのようなものでしょうか。

 いろいろつながる部分はありますが、商社で汎用化学品の営業職を務めた時の経験は役立っていると思います。商品の差別化が難しい汎用品を買ってもらうには、工場長にいかに気に入ってもらい、ちょっとしたニーズを察知して提案し、購買してもらうかが勝負でした。人は合理的な説明だけでは動かないものです。当時の経験は、いまの現場との対話を含めて、組織を動かすコミュニケーションで活きていると感じます。

 ヤンマーは食とエネルギーという人間の生存に関わる本質的な領域で優れたテクノロジーを持っており、ファミリー企業ならではの長期的に安定した価値観の下で働ける点に魅力を感じて入社しました。実際にその通りで満足しています。一方で、戦略やマーケティング、グローバル化といった面ではもっと頑張れると考えています。デジタルの力をテコに、ヤンマーが持つテクノロジーとポテンシャルをさらに開花させ、サステナブルな未来の実現に貢献していきます。


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奥山 博史(おくやま・ひろし)
1998年住友商事入社、化学品部門にて営業・マーケティングに携わったのち、スイスの化学品会社にてCFOを務める。その後ボストン コンサルティング グループ(BCG)に転じ、全社戦略や新規事業の立ち上げ、ガバナンスなどのテーマで企業を支援。2015年にヤンマーホールディングス入社、経営企画・マーケティングに従事し、2018年ヤンマー建機専務、2019年同社社長を経て、2022年6月より現職。Japan CDO of The Year 2025受賞。東京大学理学修士、コロンビア大学経営学修士(MBA)。