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HBR 1990年11-12月号に掲載したWorld Leadership Surveyは、1990年代のマネジャーが直面している重要な問題に関する世界的な対話を開始するものであった。調査の結果は『世界25カ国ビジネス・リーダーの企業観・経営観』としてHBR1991年5-6月号、DHB 1991年8-9月号に掲載された。今号に掲載するものは、国際的に認められている経営の専門家による、本調査に関するコメントの2回目である。寄稿者は各自の経験や専門的知識をもとに、調査によって明らかになったビジネスの境界線について論じている。
チャールズ・ハンプデン=ターナー氏は、ロンドン・ビジネススクールとアムステルダムの国際ビジネス研究センターの主任研究員である。著書に"Charting the Corporate Mind"(Free Press, 1990), "Corporate Culture: Vicious and Virtuous Circles"(Economist Books, 1990), "The Seven Cultures of Capitalism"(Alfons Trompenaarsとの共著、Doubledayより1992年刊行予定)がある。
"国際比較に不可欠な異文化の視点"の中でハンプデン=ターナー氏は、今回の調査について文化的な偏りを指摘し、「おそらくアメリカ人は、外国人を測る自分たちの心理的な物差しの価値を過大評価しているのだ」と論じている。本調査は、文化間に横たわる純粋な違いよりも、マネジメントの"普遍主義"に関するアメリカ人の思い込み――どこにでも適用できる世界的な原則が存在するという確信――をより強く語っていると同氏は言う。
トム・ピーターズ氏はトム・ピーターズ・グループの創設者で、著書に『エクセレント・カンパニー』("In Search of Excellence", R. H. Watermanとの共著)、『エクセレント・リーダー』("A Passion for Excellence", Nancy Austinとの共著)、『経営革命』("Thriving on Chaos")がある。同氏は"企業パートナーシップの重要性"というタイトルで、世界的なパートナーシップの意義について論じている。同氏は、境界を越えるパートナーシップが重要だとする調査回答に対して、戦略的企業同盟が実際には少ないというギャップを指摘している。しかしまた、「今日、パートナーシップというレトリックが現実からかけ離れている事実は、意外でもなんでもない。我々がレトリックさえ持っていなかったのは、それほど昔のことではないのだ」とも言っている。
ジェイ・ジェイクマー氏はハーバード・ビジネススクールの教授で、1990年度EC品質マネジメント賞の受賞者である。"テクノロジーに追いつけない企業組織"の中でジェイクマー氏は、今日ではテクノロジー上の優位が獲得可能なのにもかかわらず、"企業がテクノロジーの論理を取り入れたり職務階層を分け隔てる壁を壊すのに消極的"なことを述べている。
国際比較に不可欠な異文化の視点
チャールズ・ハンプデン=ターナー
普遍主義の落とし穴
HBRのWorld Leadership Surveyは、その名前に反して、マネジメントに関する世界中のマネジャーの見方をより、むしろアメリカ人の見方について多くを語っている。調査の方法論、質問項目、調査結果のすべてに、アメリカ人の思い込みや物の見方が反映されている。
結果から言えば、今回の調査は今日のビジネス社会で最も重要な境界線についてはほとんど何も語っていない。微細だが広く行き渡っている違い、つまり、さまざまな社会に身を置くさまざまなマネジャーが自分たちの役割や仕事をどう考えているかという点で、その違いを形づくる文化面の違いについてほとんど何も語っていないのだ。
私の考察は、今回の調査を批判するのが目的ではない。比較文化の研究者や異文化のマネジャーを待ち受ける多くの罠の一例だというのだ。企業文化や民族文化の違いに橋を架けることに対して、ますます多くの企業リーダーたちが強い関心を持っているときに、World Leadership Surveyに文化的な意味の限定をつけることが、異文化にまたがるマネジメントの特別な難しさを浮き彫りにする道なのである。
文化は調査の前から存在している。我々が問いかける質問自体が、我々の文化の中にある傾向や文化的な前提の産物なのだ。我々は調査の回答を我々の考え方の仕組みの中に引っ張り込み、その過程でしばしば、回答者の考え方の筋道を見失ってしまう。
これは、ある程度は避けられないことである。自分の文化を脱ぎ捨てられる人はいないからだ。だが、我々は自分たちの思い込みに気づいたり、気づかせたりすることができる。もしそれができなければ、他の文化によって達成された競争上の優位のうちのいくつかは、我々から抜け落ち続けることだろう。



