【事例・カゴメ】MVVで自社の「当たり前」を共感に変える
2026年2月、カゴメはミッション・ビジョン・バリューズ(MVV)を発表した。同社が初めてMVVを策定した背景には、グローバルに拡大したグループ全体の一体感を高めるとともに、国内外のステークホルダーの共感を広げる狙いがある。トマトや野菜という「素材」で成長してきた同社はいま、提供価値を軸にした企業へと進化しようとしている。
国際事業の急拡大により重要性が高まった求心力
トマトケチャップにトマトジュース、そして野菜飲料。こうした商品カテゴリーにおける代表的企業ともいえるカゴメ。1899年の創業以来、農産物の価値を活かして「食と健康」に貢献。研究開発力に加えて、農の領域を起点に、農産原料の調達、加工、販売までのバリューチェーンを有しており、種子から食卓まで、ワンストップでの価値創造に強みがある。
近年は国際事業にも注力し、売上構成比は2021年度の22.4%から2025年度には44.1%に急拡大。「国内中心の食品メーカー」という企業像は、もはや過去のものだ。
そうした中、2026年1月には国際事業に長らく携わってきた奥谷晴信氏が社長に就任。続く2月には、「2035ビジョン」を発表。同社としては初めてMVVを策定した。
なぜMVVの策定に至ったのか。
2016年に策定した長期ビジョンの節目となる2025年を目前に控え、同社の経営陣は1年以上にわたり議論を重ね、次期ビジョンの原案をまとめた。それを言語化するに当たり、「ビジョンに加え、企業理念やブランドステートメントを含む現行の理念体系の不備を解消したかった」と奥谷氏は語る。
代表取締役社長
奥谷 晴信氏
「以前の理念体系でも、ビジョンや企業理念、ブランドステートメントなどを掲げていたのですが、客観的に見て、それぞれの関係性が明確とはいえない状態でした。相互の関係性を一貫して説明できる体系に整えなければ、全員が同じ方向を向いて動くことはできません。国内外のすべてのステークホルダーが納得し、より共感できるストーリーが必要だったのです」
カゴメグループは国内・海外に約40社にまで拡大しており、遠心力を抑え、求心力を高めるためにも、「グローバルに広がるグループ全体を束ねる“旗印”が必要でした」と奥谷氏は言う。
ステークホルダーの声で気づいた「当たり前」の価値
経営陣でまとめたビジョンの原案を、社内外への浸透を見据えた表現へと進化させるプロジェクトが、2025年3月に始動した。経営企画、広報、宣伝、IRからの選抜メンバーによる事務局を設置し、博報堂コンサルティングに支援を依頼した。当初は「ビジョンの表現開発」を目指していたが、博報堂コンサルティングからの提案を受け、MVV策定を軸とした理念体系の再構築に取り組むことになった。
その方向性として最も留意したのは、カゴメの価値をいかに表現するか。創業以来、トマトと野菜という「素材」を前面に打ち出してきたが、さらなる成長に向けては、その可能性をいっそう引き出していく必要があった。
「トマトや野菜の会社という点はわかりやすい一方で、『素材』で事業領域を限定してしまう側面もあります。我々の本質はトマトや野菜に留まらず、そこから生み出される価値にこそあります。今回のビジョンは、創出したい価値に軸足を置いて検討しました」(奥谷氏)
ステークホルダーにとっての提供価値を探るため、プロジェクトチームが各ステークホルダーの目線でカゴメの魅力や期待、課題を語るシミュレーションを実施。また実際に、生産者や取引先、投資家、国内外のカゴメ社員ら10人へのインタビューも行った。その結果、見えてきたのは、自分たちの「価値」を言語化し、自覚していくことの重要性であった。
「たとえば、当社の事業は自然の恵みがなければ成立せず、自然や環境に配慮するのは当然のことです。そうした私たちにとっての『当たり前』に、社外の方々が価値を見出し、期待を寄せてくださっていました。自分たちの立ち位置を再確認すると同時に、それに応えていく責任を改めて強く認識しました」と奥谷氏は振り返る。
インタビューで得たインサイトを基にMVVの文言を練り、経営会議に提案して検討する。このプロセスが数カ月にわたって繰り返された。「表現をめぐる侃々諤々はあった」(奥谷氏)ものの、核となるメッセージについては経営陣内でブレることはなかった。
プロジェクトチームの的確な論点整理にも助けられ、「経営陣の総意をしっかりと言葉に落とし込めた」と奥谷氏。伴走した博報堂コンサルティングの土屋亮氏は、経営会議での議論についてこう明かす。
「異論をぶつけ合うというより、『そうだね』と確認するやり取りが印象的でした。新しい概念を創造するより、暗黙の共通認識を引き出していくプロセスだったと思います」
代表取締役会長 パートナー
土屋 亮氏
MVVがもたらした社内の自発性と協創の兆し
今回、新たに策定されたミッション「カゴメグループは、人が自然を、自然が人を豊かにする循環を生み出し続けます」には、創業以来、同社が大切にしてきた考え方が表現されている。また「農から食にわたる技術革新をリードし、自然の可能性を共に拓く会社へ」というビジョンには、それまでの「トマトの会社から、野菜の会社に」をさらに一歩推し進めた力強い意志がにじむ(図表2)。
図表2 カゴメグループの理念体系
完成したMVVは、2025年10月に社内発表。翌11月以降、奥谷氏みずからが理解と浸透を目的に全国各地の営業拠点や工場に足を運び、従業員への説明と意見交換を行っている。現在もその途上だが、「『共感できる』『自分はこんな関わり方をしていきたい』といったポジティブな反応が多い」と奥谷氏。また、MVV策定プロジェクトはMVV実現プロジェクトへと変化し、中期経営計画に則り、新規事業開発の取り組みが始まり、ブランディングの強化に関するボトムアップの提案も見られるようになったという。
「経営陣だけでMVVを策定していたら、こうした自発的な動きは生じなかったと思います。勘所を押さえた提案のほか、今後の事業活動を考えるうえでの有益なヒントを提供してくれるなど、博報堂コンサルティングに期待以上の仕事をしてもらえました」と奥谷氏は評価する。
2026年2月の社外発表後、国内の取引先からは「ミッションのために何ができるか、一緒に考えていきたい」といった声も届き、協創への地ならしは始まっている。そうした動きについて、土屋氏は「社内外を問わず、“目指す姿”をめぐってコミュニケーションできるようになったことに、本プロジェクトの意義が感じられる」と言う。
新たなMVVの下、カゴメはどんな道を歩んでいくのか。奥谷氏は今後10年の事業活動を、次のように展望している。
「当社がこれまで培ってきた有形・無形の資産を組み合わせて、カゴメにしかできない『ウェルビーイング』の実現に挑んでいきます。同時に、環境負荷の低いトマトビジネスといった既存事業の磨き込みにも取り組んでいきます。カゴメグループの一人ひとりがMVVを行動の拠り所とし、歴代の経営者たちが語り継いできた『あってもいい企業ではなく、小さくてもキラリと光る、存在感のある、なくてはならない企業』の実現を目指します」