【事例・Umios】アイデンティティの再定義で「第3の創業」へ
漁業と水産物の加工・販売で知られる総合食品企業マルハニチロが「Umios(ウミオス)」へと社名を変えた。150年近い歴史を持つ同社は、なぜ広く知られた名前を手放したのか。背景には「縦割りの弊害」と「環境変化への対応」という課題があった。その克服に向け、同社はCI(コーポレート・アイデンティティ)の再定義を起点とした企業変革に挑み、「ソリューションカンパニー」への転換に踏み出している。
これからの100年を生き残れないという危機感
国内の水産業で最も知られた会社ともいえる「マルハニチロ」は2026年3月1日、社名を「Umios(ウミオス)」へと変更した。その大胆な決断に、1年前の記者発表では「なぜ」という率直な質問が飛んだが、多くの消費者も同じ疑問を抱いていたかもしれない。
「CIの変革は、実は積年の課題でした」
2026年4月1日付で社長から代表取締役会長となった池見賢氏はそう振り返る。ただし、社名の変更だけが目的だったわけではない。むしろ、企業変革のためにCIの再定義を行ったと言ったほうが正確かもしれない。背景には、ともに漁業を祖業とする「強者同士の合併」があった。
代表取締役会長
池見 賢氏
水産物の調達力に秀でたマルハ(1880年創業)と、商品開発力に強みを持つニチロ(1906年創業)。両社が経営統合し、マルハニチロホールディングスが誕生したのは2007年。それぞれの強みを伸ばす戦略の下、総合食品企業として一定の成果を上げたが、「仕事のやり方はバラバラ、人材の流動性に乏しく、典型的な縦割り組織と化していた」(池見氏)という。
その反省から、2014年にホールディングス体制を解消して事業持株会社へ移行。真の統合に向けたカルチャー改革に着手したものの、思ったような成果は上がらなかった。
そうした中、16年以上の海外駐在経験を持つ池見氏が2020年に社長に就任。統合を加速させるべく、「企業変革」に着手する。インフレや円安、さらには天然水産資源の減少や日本市場の縮小といった事業環境の激変に、社内変革が追いついていなかったからだ。
「単なる『食の提供者』ではいられない現実があるにもかかわらず、依然として自部門の業績を優先する傾向があり、『一つの会社』という意識がなかなか根づいていませんでした。150年近い歴史の中で、私たちはたび重なる試練を乗り越えて存続してきましたが、いま変わらなければ、これからの100年を生き残れないという危機感がありました」
新社名の議論で気づいた自分たちの目指す姿
今回の企業変革プロジェクトを支援している博報堂コンサルティングのアソシエイトパートナー、笠松英一郎氏は、相談を受けた当初から「池見社長(当時)は『自分たちのアイデンティティは何なのか』という問いにこだわり、事業やカルチャーを含め、すべてを刷新したいとお考えでした」と語る。
アソシエイトパートナー
笠松英一郎氏
池見氏の腹案は、変革の象徴としての「本社移転」と「社名変更」。取締役会での「是非の検討」を依頼された笠松氏は、第三者目線でのデータや情報を提供しながら意思決定を促し、役員全員の合意を得た。その後、池見氏がまず全国40カ所の拠点を訪問し従業員に向けて企業変革の必要性を説き、CI変更発表後は、全役員がその理由や意義、自社の目指す姿を説いた。
本社の移転先として選んだのは、JR高輪ゲートウェイ駅に隣接する「TAKANAWA GATEWAY CITY」。JR東日本と東京大学が「プラネタリーヘルス」(地球益)の実現に取り組む協創プロジェクトの拠点であり、その一員として参画することも決めた。
「組織を超えて一緒に何かをするということが、社内の縦割り解消と重なりますし、『地球益の実現』というコンセプトは、まさに私たちが目指そうとしている方向性と一致します。自分たちの変革を進めるには申し分のない環境です」(池見氏)
社名変更に関しては、「旧社名を残さないこと」が池見氏の絶対条件だった。博報堂コンサルティングから提案されたさまざまな候補名を検討していく中、「ウミソル」(海×ソリューション)という言葉が議論の方向性を決定づける。
「プラネタリーヘルス協創プロジェクトへの参画を検討したり、自分たちが具体的にやりたいことが何かを議論したりしていたことから、『ソリューション』という言葉に触れた瞬間、パズルの最後のピースが埋まった感覚がありました。食や環境、健康といった課題に対して、私たちは『魚』を武器に解決策を提供できると」(池見氏)
「ソリューション」というキーワードを得てさらに熟議を重ね、最終的に導き出されたのが「Umios」だった。海(umi)を起点に、社内外のステークホルダーや社会全体、地球と一体(one)となって、「食」を通じて地球規模の課題を解決(solutions)していく――「ソリューションカンパニーへと進化する決意を込めた」と池見氏は言う。
収益力強化、そしてソリューションカンパニーへ
当初から池見氏がこだわった「アイデンティティの再定義」も、新社名とロゴの開発と並行して進められた。新たに「For the ocean, for life 海といのちの未来をつくる」をパーパスとして掲げ、従来の理念をミッションとして位置づけた。
バリューズについては、池見氏の一存で社員に策定を任せることに。役員会では反対の声も上がったが、池見氏は「社員の自律を促すため」と譲らなかった。「笠松さんにも社員の議論に加わっていただき、相当苦労をかけましたが、結果的に非常にいいものができました」と手応えを感じている。
2025年3月に社名変更を公表した後には、役員と従業員との対話の場を設け、また顧客に対しても説明を行い、時間をかけて理解の醸成に努めた。そして迎えた2026年3月、正式に「Umios」へと社名を変更。社員向けのオープニングセレモニーでは「この日が待ち遠しかった」という声が多数聞かれ、一時は反対していた役員からは「変えて正解だった」とねぎらいの言葉をかけられたという。
現在は、新しいパーパスをもとにした理念体系の実践フェーズにある。CI変革と連動した形で事業・組織改革を行い、スピード感を持って経営全体の変革を推し進めている。「社員の方の会社への思いが強いので、マラソンランナーを先導・後援する感覚で、ゴール到達まで伴走し続けたい」と笠松氏。その取り組みについて、池見氏は「アプローチもプロセスも私たちにとって非常に受け入れやすかった」と評価している。
マルハとニチロの統合に続く「第3の創業」。その狙いは、原料調達から加工・販売までを一気通貫で行うシームレスな事業構造の構築と、それによる収益力の強化にある。ソリューションカンパニーとしてのこれからを、池見氏はこのように思い描いている。
「社会価値の提供につながる活動に真摯に取り組んでいれば、経済価値はおのずとついてくるはずです。健康志向による欧米の魚食ブーム、人口増によるたんぱく質の供給不足を背景に、以前にもまして水産資源が注目されています。海外での資源アクセス権や養殖技術、培養魚肉の研究開発ノウハウも活かしながら、私たち固有のアイデンティティに合致したブランドに成長させていきたい。それにふさわしい社名として『Umios』が定着していくと確信しています」