サマリー:顧客中心主義を阻むのはデータでも計算力でもなく「企業文化」である。過去ではなく将来の収益性という物差しから、AIと人の役割分担、そして日本企業特有の「顧客パラドックス」を超える戦略を読み解く。

AIの普及によって、誰もが高度な解析力を手にする時代が到来した。問われるのは、データの量ではなく「質」と「目的」である。プレイド主催「X DIVE 2026」オープニングキーノートに登壇したのは、顧客中心主義(カスタマーセントリシティ)の世界的権威、米ペンシルベニア大学ウォートンスクール教授のピーター・フェーダー氏と、デジタル経済がもたらす変革を分析する東京大学教授の柳川範之氏。フェーダー氏の著書『カスタマーセントリシティ』日本語版の監訳者でもある、プレイドCEOの倉橋健太氏がモデレーターを務めた。理論と実践の往復から、AI時代に日本企業が向き合うべき「価値を創るデータ」の姿を追う。

すべてのお客様が「神様」なのか

 オープニングキーノートセッションの冒頭、倉橋健太氏はカンファレンス全体のテーマ「価値を創るデータとは何か」に触れ、ピーター・フェーダー氏と柳川範之氏を紹介したうえで、セッションの主題「AI時代に企業の『価値を創るデータ』とは?」を提示した。バトンを受けた『カスタマーセントリシティ』の著者、フェーダー氏は聴衆に向けて単刀直入に切り出した。「あなたは顧客の価値を過小評価していませんか」——。

 この問いには3つの含意があるという。個々の顧客がもたらす財務的価値を本当に把握しているか。その価値が顧客間でどう異なるかを理解しているか。そして、「どの顧客を過小評価しているか」を自覚しているか。フェーダー氏は、多くの企業が顧客の潜在的な価値を引き出しきれていないと指摘する。

 フェーダー氏は、「私は『お客様は神様』という日本の伝統的な考え方に同意します」と前置きしたうえでこう続けた。「私たちは顧客を第一に考えるべきですが、すべての顧客を同じように神様として扱うのではなく、一部の顧客は他の顧客よりも高い価値をもたらす存在であることを認識しなければなりません」

 これは、もたらされる価値の多寡によって顧客を選別せよという意味ではない。個々の顧客の財務的価値を正しく把握することで、すべての顧客への対応の質を高めながら、特に価値の高い顧客にはより手厚く向き合う——それがフェーダー氏が投げかけるメッセージだ。

 そして、「カスタマーセントリシティの核心にあるのが『顧客生涯価値』(CLV)という考え方です」とフェーダー氏は付け加える。CLVは、顧客がどれだけの期間にわたり取引を継続するか、どれほどの頻度で製品・サービスと関わりを持つか、そしてその関わりがどれほどの規模で行われるか、という3つの問いに分解できる。企業は、期間・頻度・規模の3つの物差しを通じて、顧客一人ひとりが将来にわたってもたらす価値を可視化していく。この物差しを手にした時、次に問われるのはカスタマーセントリシティ実行の壁をどう乗り越えるかである。