ビジョンを描くうえで必要なのは、想像力より情報収集である
smartboy10
サマリー:ビジョンづくりとは、皆で目指す「ありたい姿」、つまり、ゴールそのものを自分たちでつくる作業である。これまでと違うことをゼロベースで始めるため、経験も手がかりもない。そこで欠かせないのが、情報収集である。自分たちの現在地を把握し、世のベストプラクティスとのギャップを知ることが刺激となり、エネルギーとなる。寓話『北風と太陽』をモチーフに、悩めるマネジャーとメンターの対話とともにリーダーシップ論を学ぶ連載、第6回。

想像力よりビジネス知識より大切なこと

 部下の自発性は、マネジメントの枠組みの外、すなわちリーダーシップによって引き出されていく。そして、その最初のステップが、方向性の設定ということだった。チームの仕事の先にある「もう一つの未来」を定義し、ビジョンという名の理想を掲げることが、人々が自身の仕事に意味づけをする補助線になり得るという学びを得た。

 とはいえ、そんなビジョンを描くほどの想像力は、自分にはない。そう簡単にひねり出せるとは思えなかった。すると、メンターはこう尋ねてきた。「ビジョンを描くうえで、想像力より大切なものがある。何だと思う?」

 私はこう考えた。「より高度なビジネスの知識でしょうか。MBAで学ぶような……」

 彼女は笑顔で返してきた。「あるに越したことはないわね。だけど大前提として、誰にとっても必要なことがあるの」

解説:ビジョンづくりは情報収集から始まる

 マネジメントの第一ステップである「計画づくり」は、比較的なじみ深いものです。「売上目標◯◯円」等、目指すべき「ゴール」は、初めから与えられている。そして、そこへ至る道筋を組み立てる手がかりも豊富にある。既存のシステムを回し続けてきたからこそ、「2月は売れ行きが鈍る」「夏場は生産量が落ちる」といった経験や前例が蓄積されており、前提や既知のことから推論する、演繹的プロセスでつくり出せます。骨は折れますが、途方に暮れることはありません。

 一方、ビジョンづくりは違います。そもそも、目指すゴールがない。というより、その「ゴール」を、自分たちでつくる作業です。しかも、これまでの延長線上にないことを始めていくわけですから、頼りにできる前例の蓄積もない。ゴールも手がかりもないのです。いきなりビジョンを描こうとしても筆が進まないのは当たり前です。

 では、どこから始めるのか。コッター教授は、計画づくりに比べて、方向性の設定は「より帰納的」(筆者訳)だとしています[注1]。

 帰納とは、情報収集や観察を通して、その共通項や関連性をもとに、概念を生み出すことです。ダーウィンが島々を巡り、生き物の生態をつぶさに観察し続けた末に、「種は不変ではないのではないか」という考えにたどり着いた、あの推論の形です。

 帰納において何よりも大切なのは、情報の質と量です。質が高いほど、量が豊かなほど、よい推論にたどり着けるからです。

 ですから、ビジョンづくりもまた、情報収集から始まります。質と量を意識しつつ、とくに、目を外にも向ける。自分たちの現在地を知るには、外も見る必要があるからです。自分の家の中だけを見ていても、方角も位置関係も距離もわからないように。

 ひと口に外といっても、見るべきはライバル会社だけではありません。社会情勢の変化やテクノロジーの進化など、世の中では今、何が起きているのか。ビジネスづくり、チームづくりなど、世界の最先端を行く会社や組織は何をやっているのか。

 とりわけベストプラクティスは、それを実現した事例が現実に存在するということからも、今の自分たちができていないこと、今の自分たちよりももっと突き抜けたことができる可能性の両方を示唆してくれます。

 他の組織の卓越したエピソードが、「あんなふうになりたい」という自分たちの希望、「ありたい姿」に変わる瞬間があるのです。情報収集によって得られたこのようなギャップの発見は、ビジョンづくりの原動力にもなりえるのです。

『学習する組織』のピーター・センゲは、このようなビジョンと現実のギャップを「創造的緊張」(クリエイティブ・テンション)と呼びました。それは「今の現実に反するビジョンの存在を認めた瞬間に作用し始める力」であり、この乖離こそが「真の創造的エネルギーの源」だと言います[注2]。

 たとえば、近所で一番歌のうまい子が町内のカラオケ大会で優勝を続けていても、見えない世界があります。本場のオペラを生で聴いて初めて、自分の実力とのギャップを目の当たりにして鳥肌が立ち、「あんなふうに歌いたい」というエネルギーが湧いてくるわけです。

 まずは肩の力を抜いて、真似るところから始めようという心づもりで良いかと思います。コッター教授も、「人々をあっと言わせるような斬新なものである必要はない。実際、最高のビジョンや戦略の中には、斬新な要素がいっさいないものもある」と言っています[注3]。そのためにも、まずは情報収集です。 

 とはいえ、それが難しいこともよくわかります。日々のマネジメントが大変すぎるからです。

 ただでさえ溢れそうな業務量、問答無用の突発事項、既存のシステムを回すための火事場対応に追われ、いくらチームをよくしたいと思っていても、よりよい未来に向けた情報収集をする時間がない。結局、今日もビジョンづくりに着手できず、リーダーシップの最初の一歩を踏み出せないままに終わってしまう。否応なしに、そのループは回り続ける。それが、ビジョンづくりの本当の壁なのかもしれません。

* * *

 自分が今いる場所から外に目を向けて初めて気づくことがある。それまで想像もしていなかったことに触れ、それが大きな刺激となって自分を奮い立たせる。メンターは一つの例を紹介してくれた。

 ・ある工業機械メーカーの社長は、グローバル化を推し進めた手腕で自他ともに知られていた。しかしある日、日本の著名な経営者が「世界で一番成長した企業」になろうとしている、という話を聞き、現状に飽き足らずその先の大きな目標を視野に入れていることに、大いに刺激を受けた。その時から、グローバル化しただけで満足するのではなく、「世界ナンバーワンを目指す」ことを考え始めたという。

「まさに、その新たな情報に出合って、感化されたってことですね」。私は頷いた。

「面白いわよね。しかも、どんな情報に出合うかによって、未来がまるっきり変わる可能性がある」

 逆に言えば、出合うはずの情報に出合わないままでいることのデメリットも大きそうだ。情報収集をしないことがリスクになるなんて、考えたこともなかった。しかし、どこから始めたらよいのだろう。

「あるマネジャーは、大きな書店に行ったそうよ」とメンター。「SNSは自分好みに最適化されてしまっているから。書店に行けば少なくとも、こちらの好みなど関係なく、書店サイドが今勧めたいものが並んでいるからね」

 異論はないが、問題は、忙しい日常でその時間が取れるかだろう。顔を曇らせた私にメンターは続けた。

「そのマネジャーも多忙を極めていたけれど、すぐに思い直したそうよ。新たな情報は、今日の仕事を回すには役に立たないかもしれない。だけど、情報収集を始めない限り、リーダーシップの最初の一歩は永遠に踏み出せない。だから、週に一度、書店に行くことをルーチンに組み込んだの」

 たしかに、すぐに役に立たないとわかっているものほど、絶対に後回しになる。カレンダーの時間枠をブロックしておくぐらいのことが必要なのだ。

 ビジョンづくりは情報収集から始まる、という点については理解できた。ただ、実はその前に、引っかかることがあった。そもそも私は、ビジョンという言葉に、若干の胡散臭さを感じていたのだ。

 たとえば、会社が掲げるビジョンを本気で受け取っている人がどれぐらいいるのだろうか。実際のところ、校長先生の訓示のように聞き流されているのではないか。さっきの社長のビジョンもそうだ。いきなり世界一と言われても空々しく聞こえないのだろうか。

 そんな私に、メンターは問いかけた。「力を持つビジョンと、そうでないビジョン。その違いは、何だと思う?」

【注】
1)"Planning is a management process, deductive in nature and designed to produce orderly results, not change. Setting a direction is more inductive." John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990. より、筆者訳。
2)P207 - ピーター M. センゲ『学習する組織 システム思考で未来を創造する』英治出版、2011年(Peter M. Senge, The Fifth Discipline, 1990)
3)John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)

本連載のバックナンバーはこちら。