-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
リーダーシップの最初のステップ
どうすれば部下の自発性を引き出せるかという問いから始まったメンターとのセッション。自発性はマネジメントの枠の外で、リーダーシップをもって生み出していくことが明らかとなった。
リーダーシップとは「変える」スキルであり、カリスマのような生まれ持った資質ではなく、誰もが後天的に習得できる。そして、その習得のために、コッター教授は3つのステップを示しているという。それが前回の学びだった。
そこでメンターは聞いてきた。
「リーダーシップの最初のステップは何だと思う?」
私は、用意してきた答えを口にした。
「やはり、計画を立てることではないでしょうか。人を巻き込んでいくのであれば、皆が一緒に動ける拠り所が必要となるからです。計画がその役目を果たすはずです」
「たしかに計画は大切だけれど、それはどちらかというと、マネジメントの話。リーダーシップが最初に行うのは、方向性の設定なの。ビジョンを描くことと言ってもいい」。そう言ってメンターは説明を始めた。
解説:「あるべき姿」ではなく「ありたい姿」を描く
ジョン・コッター教授によれば、マネジメントの第1ステップは、「計画と予算の策定」です。
意識されているかいないかはさておき、多くの組織には共有されている未来があり、既存のシステムを運営していく一環として、その未来を着実に実現していくのがマネジメントの仕事です。
たとえば、老舗蕎麦屋にとって、来年も引き続き美味しい蕎麦を提供していくことは暗黙の了解となっており、「はて、来年もうちは蕎麦屋でいいのだろうか」から始める必要はない。来年の目標──企業で言えば年度予算──を定め、計画を立てれば、それが来年1年の「あるべき姿」となり、皆、一斉に走り出せるというわけです。
一方、リーダーシップは「変える」行為であり、わざわざ変えてどこに行くのかが問われます。老舗蕎麦屋を継いだ若旦那が、代々続いたこの店を変えるとあえて宣言するなら、まず問われるのは「一体どこに向かうのか」、つまり、何を変え、その結果、今とはどう違う店になるのかという点です。その方向性を言語化しなければ、「変える」という宣言だけが宙に浮き、そのうちに立ち消えとなってしまうでしょう。ですから、最初にビジョンを定める必要があるのです。
コッター教授は、特に、変革のプロセスにおいて、優れたビジョンは3つの働きをすると言います。無数の細かい判断に迷わなくなること、大勢の行動がおのずと噛み合っていくこと、そして、最初の一歩が、その人にとって苦しいものだとしても、人が動き出すことです[注1]。
平たく言ってしまえば、ビジョンとは、皆が意欲的に同じ方向に走り出すための、希望の旗印となりうる、ということです。
コッター教授の論文には、 "Alternative Future" という言葉が出てきます[注2]。筆者はその言葉が好きで、「もう一つの未来」と訳しています。
現代のビジネスパーソンは多忙を極めていて、目の前のやるべきことに対応するだけで時間はどんどん過ぎていく。知らず知らずのうちに、既存の延長線上にある未来へと進んでいきます。
そこに示される「もう一つの未来」とは、そのリーダーが言い出さなかったら決して描かれなかった未来であり、その時そのチームでひたむきに実現しようとする、「ありたい姿」ということです。この「ありたい姿」を定義するのがビジョンであり、そこに向かって「変えていく」のがリーダーシップなのです。
皆さんご存じかもしれませんが、有名な石工のたとえ話があります(内容は諸説あるようです)。
作業場を通りかかった旅人が、そこで働く石工に「何をしているのか」と尋ねた。一人の石工は「生活の糧のために石を切っている」と言い、別の石工は「最高の教会を造っている」と答えたという。
同じ石を切るという行為が、ただの作業にも、理想への旅路にもなる。言い方を変えれば、同じ作業をするにしても、そこに大切な意味を紐づけることができるのです。
後者の石工のように自分の仕事の意味づけをみずから行える人もいます。ですが、誰もがそうできるわけではありません。優れたビジョンは、チームの一人ひとりが自分の仕事と理想を結びつける補助線になります。その線を、本人が自分の意思でなぞり、太くしていけば、目の前の仕事は「理想への旅路」と意味づけられるのです。
マネジメントの計画づくりは、既存のシステムをきちんと回すために「あるべき姿」を定めるのに対し、リーダーシップの方向性の設定は、皆で達成したい「ありたい姿」を描くところにあります。義務からくる「べき」ではなく、「こうしたい」「こうありたい」という意志や想いを言語化するプロセスです。そこにこそ、人々のエネルギーを引き出す源があります。それは、メンバーの自発性を生み出す第一歩でもあるのです。
* * *
ビジョンを描くと言われても、私はいま一つピンとこなかった。「単なる管理職がビジョンを描くんですか? すでに、会社にはビジョンがあるのに?」
「そうよ。会社のビジョンは、会社全体の理想の旗印。大きくて、正しい。でも、全社員に向けられているぶん、どうしても遠くなりがちでしょ。一人ひとりの仕事に紐づけていくために、もっと近くて、ダイレクトなものがあっていい。『自由と本気を両立する学校』をビジョンに掲げる高校で、野球部のキャプテンが『世界一諦めの悪いチーム』を目指していい。その2つはぶつからないどころか、互いを強めるものになる」
そう言って、メンターはある工場の話を始めた。
・ある小さな工場の工場長は、会社のビジョンとは別に、「感謝に溢れる工場」というビジョンを打ち出した。工場である以上、生産量や品質などの目標は当然追求する。だが同時に、互いを敬い、感謝が声となって行き交う、ここに来るだけでエネルギーが湧いてくる、そんな場所にしたいという想いがあり、それを言葉にした。工場長は、その重要性をことあるごとに説き、広めていった。すると、それまで淡々と働くだけだった従業員たちから、具体的な施策を提案するなどの動きが出始めた。それにより、やりがいが増し、次第にチームとしての結束が強まり、大きな成果に結びついていった。
「工場長が言い出さなければ、そのビジョンは決して生まれなかった。チームで目指す理想の姿を描いたことで、そこで働く人たちにとって、職場が持つ意味が変わっていったと思わない?」
たしかに、それまでは作業場に過ぎなかった場所が、こうありたいという姿を実現する場所へ変わっていったのだろう。
ビジョンに共鳴して人々がみずから歩き出す。理想に向かって動き出すチームの姿は、まるで、太陽に温められて自分でコートを脱いだ旅人のように見えた。
とはいえ、それでも疑問は残る。「ビジョンって、そう簡単に描けるものでしょうか。世の中には、理想を描くのが得意な人や、想像力の豊かな人もいるのでしょうが、普通はそんな想像力はないですよ」
メンターは、笑顔で問いを投げかけた。
「ビジョンを描くうえで、想像力より大切なものがある。何だと思う?」
【注】
1)John P. Kotter, Leading Change, Chapter 5: Developing a Vision and Strategy, Harvard Business Review Press, 1996.(邦訳『企業変革力』日経BP、2002年)
2)John Kotter, John Kotter on What Leaders Really Do, Harvard Business Review Press, 1999.(邦訳『第2版 リーダーシップ論』ダイヤモンド社、2012年)
本連載のバックナンバーはこちら。





