スティーブ・ジョブズがピクサーで見せた「クリエイターへの深い敬意」
サマリー:カリスマ性ではなく、謙虚さと心理的安全性によってピクサーを率いた「静かなリーダー」、エド・キャットムル氏。同社の共同創業者である同氏が、あのスティーブ・ジョブズ氏や鬼才ジョン・ラセター氏とともにタッグを組み、ピクサーを唯一無二のエンターテインメント企業へと押し上げた歩みや試行錯誤とは、どのようなものだったのか。キャットムル氏がその内幕を惜しみなく明かした著書『ピクサー流 創造するちから』(2014年邦訳版刊行)に、大幅な加筆を加えた完全決定版『新・ピクサー流 創造するちから』の邦訳版がついに刊行。本連載では、『新・ピクサー流 創造するちから』の内容や名言を再編集して届ける。今回は、キャットムル氏が盟友であるスティーブ・ジョブズ氏がピクサーではどのように振る舞っていたかについて語った「終章:私の知っているスティーブ」の一部を抜粋・再編集して紹介する。

スティーブ・ジョブズの一番の判断基準は「熱意」

 ピクサー創業当初の1980年代、スティーブは、アップルを追放されてから設立したNeXTを軌道に乗せることにほとんどの時間を費やしていた。ピクサーでは、スティーブを含め、誰も自分たちが何をしているのかわからなかった。スティーブは、初期の顧客との交渉で強く押しすぎて、それがうまくいくこともあったが、悪い結果をもたらしたこともあった。たとえば、IBMにNeXTのソフトウェアの使用権を許可する一億ドルの取引を成立させた。契約金額の大きさと、IBMにソフトウェアの次のバージョンの使用を許可しなかったことを考えると、NeXTにとってはホームランとも言える取引と思えた。しかし、やりすぎた。彼のやり方は反感を買い、後年、この一件が教訓になったと私に話したことがあった。

 初期の頃、スティーブはピクサーで何か特別なことが起こっていると感じていたが、それが何だかわからないことと、その間私たちが赤字を出し続けていることに苛立っていた。時代の先を行く、お金のかかる集団を抱えていた。それが開花するまで、それも開花するかどうか確信が持てないものをいつまで抱え続けられるだろうか。誰がそんなことを引き受けるだろう。自分だったら?

 人は、感情と理屈を相容れないもののように捉えがちだが、スティーブは違った。出会った頃から、彼の一番の判断基準は熱意だった。最初こそ侮辱的で極端な主張をし、反論してみろと挑むような不器用な表現方法しかできなかったが、ピクサーでは黒字転換するずっと前から、私たちのほうがグラフィックスや物語を理解していることを認めていて、彼の貪欲さは和らげられていた。

 彼は、初のコンピュータアニメーションによる長編映画をつくるという、私たちの決意を尊重した。仕事のやり方について指図しなかったし、自分の望みを押しつけることもなかった。私たちがどうやって目標を達成したらよいかわからなかったときでさえ、私たちの熱意を認め、評価した。最終的にそれがスティーブとジョン・ラセターと私をつなぐ絆になった。卓越性を目指す情熱――その情熱の激しさゆえに、意見をぶつけ合い、苦闘し、どれほど不快な状況に陥っても、一緒にやっていこうという覚悟を決めていた。

 二作目の映画『バグズ・ライフ』に取り組んでいたときに、スティーブが熱意に対して示した反応が印象に残っている。当時社内では、映画のアスペクト比(フィルムの縦横比)に関して意見が二分されていた。映画は、映画館では横幅が高さの倍以上あるワイドスクリーンで上映されるが、テレビでは(当時)横幅は縦より三分の二しか長くなく、正方形に近い。ワイドスクリーンフィルムのビデオ版をテレビで見ると、画面の上下に黒い帯が出るか、映像の左右が完全に見えなくなるかのどちらかになり、どちらも元の映画をきちんと再現しているとは言えない。

『バグズ・ライフ』ではどうするかをめぐって、マーケティングチームと制作チームが対立していた。制作チームは、劇場でのパノラマ効果のほうが家庭での見え方より大事だとワイドスクリーン方式を押し、マーケティングチームは、画面の上下に黒い帯が出るようなビデオなど誰も買いたがらず、DVDの売上が落ちると反対した。とくに映画マニアでもないスティーブは、ワイドスクリーンで映画をリリースすれば財務上痛手を食らうと言って、マーケティングチームの肩を持った。議論が延々続いたある日の午後、私はピクサーで行っていた作業をスティーブに見てもらうため、いくつかの部門を一緒に回っていた。

 途中で入った部屋では、大勢のスタッフが『バグズ・ライフ』のあるシーンのライティングに取り組んでいた。この作品のプロダクションデザイナー、ビル・コーンがモニターで見せていたのは、ワイドスクリーン方式の画像だった。それを見たスティーブが、いかにも彼らしい流儀で口を出した。ワイドスクリーンでつくっているなんて「頭がおかしい(nuts)」んじゃないのか、と。するとビルは、感心なことに真っ向から反論し、ワイドスクリーン方式が「芸術的観点」から言っていかに絶対的に重要かを説明した。激しいやりとりが続いた。口論とは言わないまでも、かなり白熱した。そして結論の出ないまま、スティーブと私は次の部署に移動した。

 その後、ビルが私のところに来て、怯えたような表情をして言った。「どうしましょう。さっきのはスティーブ・ジョブズだったんですね。まずいことになりましたか?」

「その反対だ」と私は教えてあげた。「きみが勝ったよ」

 ビルには理解できなかったが、私にはわかっていた。スティーブは、ビルの熱意に応えたのだ。ビルがあれほど力強くはっきりと自分の信念のために立ち上がったのを見て、ビルの考えが尊重に値するものだと判断した。そして二度とこの方式の話を持ち出すことはなかった。

 かといって、スティーブが理屈より情熱を優先するとは限らない。彼は、感情で物事を判断してはいけないとわかっていた。だが同時に、創造性が直線的に生まれないことや、芸術とビジネスは違うこと、金儲けの論理を押しつけることは、ピクサーが他と一線を画しているものを妨げる危険があることも理解していた。この等式の両側、つまり理屈と感情のどちらも重視しており、そのバランスの維持のしかたが彼を理解するカギだった。

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謙虚さと心理的安全性でピクサーを率いた創造的組織づくりの秘密
『新・ピクサー流 創造するちから』

[著者]エド・キャットムル、エイミー・ワラス
[翻訳]石原 薫
[内容紹介]
カリスマ性ではなく謙虚さと心理的安全性でピクサーを率いた「静かなリーダー」が創造的組織づくりの秘密を語る。あのスティーブ・ジョブズと鬼才ジョン・ラセター、三人でタッグを組んで、ピクサーを唯一無二のエンタテイメント企業に押し上げた、その歩みと努力、試行錯誤のすべてが詰まった完全版であり最終版。

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