作れば売れる時代、顧客に目を向ける企業は少なかった。そのような企業環境を見据えながら、企業が直面する現実の課題に対しマーケティングの有効性を説い続けたのがセオドア・レビットである。レビットの名を世に知らしめた記念碑的論文「マーケティング近視眼」のコンセプトが発表されてから54年を経たいま、顧客重視は企業経営の要諦となっている。それが真実ならば、戦略経営は盤石であるはずだが、現実はそうではない。レビットの関心は幅広い。その「経営的」マーケティング思想の幅と深さを理解せず、マーケティングの表層をとらえただけの経営は危うい。企業経営はマーケティング活動そのものであると説いたレビットの哲学的な施策と洞察について、あらためて考えてみたい。

マーケティングの本質を提起する

 マーケティング理論の世界には2人の「泰斗」がいる。フィリップ・コトラーとセオドア・レビットである。

恩藏 直人
早稲田大学 商学学術院 教授

神奈川県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、同大学大学院商学研究科へ進学。同大学商学部専任講師、同助教授をへて、96年教授に就任。商学部長、商学学術院長などを歴任。専門はマーケティング戦略。著作に『コモディティ化市場のマーケティング論理』(有斐閣)、『競争優位のブランド戦略』(日本経済新聞出版社)、『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』(監修、丸善出版)『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(共著、丸善出版)など多数。

 理論家としてマーケティング・マネジメントを体系化し、世界的なテキスト(教科書)を数多く著したコトラーに対し、思想家であり個別トピックスについて卓越した切れ味を見せたのがレビットである。ハーバード・ビジネススクール教授や『Harvard Business Review』の編集長として1970年代から80年代のマーケティングブームを創造・牽引した立役者であり、マーケティングの思想家としての功績は群を抜いている。

 近代産業革命以後、技術発展はゆっくりと進んでいた。しかし、第2次世界大戦以後、世界を牽引する産業(例えば石油産業や鉄道事業)に大きな変化が生じてきた。「衰退」などありえないと信じられてきた産業の成長が鈍り、衰退の兆候が明らかになっていたのである。

 レビットは、こうした時代の大きな節目をいち早く察知し、その変化をマーケティングの立場で考えた。そしてマーケティングは、「事業を製品やサービスではなく、顧客中心という視点で考える」という本質を確立した。

 その記念碑となる論文が1960年に発表された「マーケティング近視眼」(Marketing Myopia)だ。マーケティングにおける最も有名な古典の1つであり、マーケティングを学ぶ者ならばまず読むべき著作である。今から60年も前の論文であるが、古さを感じさせない。時代表記を今に変えれば、現代の論文としても十分に通用する内容だ。

 連載第1回では、この論文の読みどころを取り上げる。