ビジネスの本質を見抜いたフォード
少し長くなったが、この部分も「マーケティング近視眼」における重要なメッセージだ。発言の主はヘンリー・フォードであり、大量生産至上主義についての検証の中で紹介されている。
フォードの言葉の前提となっているのが、「大量生産が利益を生むという考え方は、経営計画や戦略のなかに組み込まれてしかるべきである。だがそれは、顧客について真剣に考えた後のことである」という問題提起である。世間は、フォードが組立ラインを発案したことでコストを切り下げ、500ドルで何百万台ものクルマが売れるようになったと理解している。しかし実際にはその逆で、フォードは1台が500ドルならば何百万台も売れると考え、それを可能にするための組立ラインを発明したのだという。
コストを積み上げて価格を決定する「コストプラス法」が常識であった時代に、フォードは顧客に受け入れてもらうための価格を設定し、それを実現するためにコストの削減に取り組んだ。そのことに耳を傾けるべきだと訴える。
現代では半ば当たり前のことなのだが、それで議論を打ち切ってよいだろうか。現代企業のビジネス、例えばアップルの「iPod」ビジネスを念頭に置きつつ、もう一度、念入りにフォードの発言を読んでみてほしい。
アップルの「iPod」について、大半の人が着想の豊かさやデザインのよさを賞賛する。しかし、それは一面でしかない。iPodビジネスが成功したもう1つの理由が、「iTunes」という安く音楽を提供する仕組みを整えたことであり、両方が相まって総合的な形でビジネスが成功へと導かれた。
私たちには、ビジネスの成功理由をわかりやすく理解しようとする傾向がある。フォードの成功は「大量生産体制」という一言で紹介されるが、その裏には顧客に受け入れてもらうためのコストへの取り組み、つまり顧客中心というマーケティングの発想と取り組みがあったのだ。
このパラグラフは、ビジネスの本質を見るための目を教えてくれている。