イーストマン・コダックと富士フイルムに学ぶ
ダイナミック・ケイパビリティの戦略学
このダイナミック・ケイパビリティの戦略思考が生死を分けたのが、イーストマン・コダックと富士フイルムのケースだ。コダックも富士フイルムも、写真フィルムの生産販売を通して、長く多大な利益を獲得してきた世界的な大企業であった。
ところが、1990年代にデジタル・カメラが普及し始め、写真フィルム販売が大幅に落ち込み、両社とも経営難に陥った。当初、両社は多くの資金を保有し、しかも同じように写真フィルムをめぐる高度の技術や知識資産を保有していた。特にコダックは、今日、デジタル・カメラに利用されているコア技術を世界で初めて発明した会社でもあった。
しかし、結果的に、コダックは資源を有効利用することなくして倒産した。これに対して、富士フイルムは本業を捨てて生き延び、むしろ以前よりもさらに成長している。両社の「何が」異なっていたのか――まさしく、ダイナミック・ケイパビリティ戦略の差であった。
コダックは、早い時期から市場の変化に伴う脅威を感じていたが、株主価値や利益の最大化を求めて既存のルーティンやケイパビリティの踏襲に固執した。豊富な資金で大量の自社株を購入し、株価対策を講じるなど硬直的な戦略を一貫して採っていた。
コダックには環境の変化に対応して、既存の高度の技術や知識資産を再構成・再利用するという考えはなかった。コダックにはダイナミック・ケイパビリティがあったのかもしれないが、その能力を利用して持続的競争優位を確立するという戦略思考がなかったのである。
これとは対照的に、富士フイルムはダイナミック・ケイパビリティを積極的に利用した。株主価値や利益の最大化ではなく、生存するためにゼロ利益を避け、既存の高度な技術や知識資産を徹底的に再利用して新しい知識や技術を開発し、そこに保有していた資金を投入したのだ。
たとえば、すでに保有していた高度の写真フィルム技術を利用し、液晶を保護するための特殊な保護フィルム技術を開発していた。今日、この分野では独占的な状態にある。また、写真フィルムの乾燥を抑えるために利用していたコラーゲンをめぐる技術を応用し、新しい化粧品を開発した。そして、今日、化粧品業界に進出し、成功している。さらに、今日、エボラ出血熱の特効薬になるのではと注目されている医薬品の開発まで行っている。
富士フイルムは、まったく新しい技術をゼロから生み出して競争優位を生み出しているわけではない。まさに、ダイナミック・ケイパビリティのもとにその時々に環境の変化に対応して既存の技術や知識を再構築したり、再配置したり、そして再利用することによって、短期的ではなく持続的競争優位を形成してゆくという新しいしなやかな戦略を展開しているのである。
コダックと富士フイルムの運命を分けたのは技術力や知識力や資金力ではない。実は、ダイナミック・ケイパビリティとそれを利用して持続的競争優位を確立しようする戦略思考にあったといえる。
今日、シャープ、パナソニック、そしてソニーなど日本の電機産業は衰退の危機にさらされている。だがいずれも世界最高水準の技術や知識をいまだ多く保有している。富士フイルムとコダックの例から明らかなように、電機(産業)復活のカギは、ダイナミック・ケイパビリティとそれを利用しようとするしなやかな戦略的思考にあるようだ。
参考)
『戦略学――立体的戦略の原理』菊澤研宗著(ダイヤモンド社、2008年)
『ダイナミック・ケイパビリティ戦略――イノベーションを創発し、成長を加速させる力』デイビット J.ティース著、谷口和弘、蜂巣 旭、川西章弘、ステラ S.チェン訳(ダイヤモンド社、2013年)