競争を勝ち抜くには
相手を説得する英語の能力は不可欠

 次に、英語の公用語化。これも、イノベーションと密接な関係にある。

 P&Gにおける、主要なイノベーションエンジンはGBU(Global Business Unit)である。日本流にいうと事業本部。製品分野ごとに、P&Gは四つのGBUを置いている。

 GBU主導で創出されたイノベーションを、同時に世界展開することは難しい。そこには、どうしてもタイムラグが発生する。「日本市場が待っていたイノベーション」が、他地域よりも後回しにされれば日本法人は困る。他の現地法人も、同じように考えているだろう。当然、現地法人間で競争になる。

 P&G内の競争に勝てなければ、日本にイノベーションは流れてこない。では、勝つためにどうするか。理論武装し、交渉力を磨くしかない。なぜ、その新商品を迅速に日本市場に投入する必要があるのか、それがP&G全体にとってどのような意味、メリットがあるのか。海外にある各GBUの幹部に説得力を持って語るためには、英語の能力が不可欠である。

 これが、P&Gジャパンの公用語を日本語から英語に切り替えた最大の理由である。当時の社内には、不満が満ち溢れていた。「外資系とはいえ、日本の会社なのに」と話す社員に、私は「P&Gはグローバルの会社ですよ」と言ったものである。

 私たちは、英語化を徹底して実行した。例えば、部課長への昇進の条件には、社内英語検定での点数が加わった。日本人社員が数人集まるミーティングでは、日本語が話されていたかもしれない。しかし、私が会議室に足を踏み入れるとすぐに英語になった。

 当初は文句タラタラという風だったが、そのうちに静かになった。そして、私がP&Gジャパンを離れたころになると、「よくぞ、あのとき英語化に踏み切ってくれた」と感謝されることも増えた。

 というのは、P&Gジャパンでキャリアを積んだ後、日本を飛び出して海外のP&G拠点で働く社員が増えたからである。私が人事本部長に就任した当時、海外拠点で働く日本人社員は10人程度だった。しかも、「お客さん」といった扱いをされることが多かったのが実情だ。私は、こうした状況を変えたいと思った。

 現在では、P&Gジャパンで育った数百人規模の日本人社員が、海外の拠点で活躍している。逆に、海外から日本に赴任する外国籍の社員も多い。世界各国の拠点で、多様性は増している。

 英語という共通のコミュニケーション手段なしに、このようなダイバーシティを実現することはできない。ダイバーシティはイノベーションの土壌でもある。