マクドナルドと加賀屋の共通点
伝統的なサービスの概念で凝り固まっている者に、レビットはサービスに製造の発想、技術、威力を応用して優れた成果を出している事例を提示した。当時、劇的な成長過程にあったハンバーガーチェーンのマクドナルドである。マクドナルドは1961年から70年にかけて売上高を5400万ドルから5億8700万ドルへと10倍に増やしていた。
現代の読者であれば、レビットが指摘した部分を予想できるかもしれない。マクドナルドの優れたマニュアルや、それを支える店舗の設計や設備について多くの人が見知っているからだ。
レビットはマクドナルド成長の理由を丹念に探っていく。フライドポテトをこぼれるかこぼれないかぐらいの量に盛って気前のよさを印象づける商品の出し方、それを誰もが簡単にできるようにした調理器具、その調理器具によって店舗内も汚れず清潔を保てるようにしている知恵等々。「店主が、その店で販売できるものに関して自分の意思を入れる余地はない。自己流は通らない。従業員の自由裁量は、秩序、標準化、品質の敵である。(略)システム全体が、厳密な技術的原理によって計画・実施され、素早くて清潔で信頼の置けるサービスを確かなものにしている」と指摘する。
さらにレビットは、穀物貯蔵用サイロメーカーが製品の基本仕様を共通化して農家が必要とする調達資金を一目でわかるようにした事例、ハネウェルによって取り組まれた製品数を絞り込み、かつ他社製品にも使える部品の投入により配送センターをなくしながらも代理店の売上を急増させた事例、 さらに多くの乗客への対応でサービスの提供が遅れて乗客の不満が高まりつつあるなかで、キャビン・アテンダントが「アイスクリームをお出しできるまで、こちらをどうぞ」とラム酒入りボンボンを差し出して機内の緊張を和らげる 事例など、多くの実証的なケースを紹介しながら、製造の発想をサービスに取り入れることの有効性を説いている。
現代では、製造の発想をサービスに取り入れて成功しているケースを身近に見出せるだろう。ものづくり現場の業務手法を、いわゆるホワイトカラーの現場に応用しているケースは珍しくなくなった。
私は「観光とマーケティング」も研究テーマの一つにしているが、かつて能登・和倉温泉の加賀屋を訪れたことがある。ご承知の通り、大手旅行代理店の顧客満足度調査で毎年、上位にランクする高級旅館だ。宿泊料金も決して安いわけではない。
同業者は、「1日限定10組というならば、うちでも加賀屋に負けないサービスができる。しかし1000人以上もの宿泊客に対してあのサービスを実現しているところに加賀屋の加賀屋たる理由がある」と証言していた。
加賀屋についてもう少し調べてみると、いくつかのポイントがわかってきた。その一つが仲居さんの作業を減らす食膳配達のエレベーターシステムや施設設備の配置などだった。いわゆる「リーンプロダクション」で、サービス提供時に発生する無駄を徹底的に排除し、仲居さんが宿泊客のケアに全力を集中できるようになっている。
驚くのは、レビットがこうした事例で見られる「道具」の重要性をすでに説き、「標準化」という問題領域まで見通していることだ。先の例でいえば、ラム酒入りボンボンも乗客の苛立ちを抑える道具だ。言うまでもなく、マクドナルドにおける調理器具も道具であると同時に、サービスの標準化を実現するための手段になっている。
そして、次のように論考を先に進めていく。
「人間に依存していたマーケティング上の問題が、製造と同じ考え方を正しく応用すれば解決できることがわかる。動機づけ、ハード・ワーク、訓練、仕入のインセンティブはいらない。代わりに、系統だったプログラム、視野の広い計画、細部にまでわたる配慮が必要だ。特に顧客の抱える問題とニーズに対し、顧客の立場に立って関わることが求められる」