日本にマーケティング・マネジメントはあるか?
レビットの考察は、単なる製品概念の規定にとどまらず、差別化を実現するためのマーケティング・マネジメントのあり方に及ぶ。これこそが本論文の最終的な狙いだった。レビットは、企業のマーケティング・マネジメンは、最強の差別化手段になりえると言い、実際、同じ業界でも企業によって大きな違いがあると報告している。
そして、「見識に乏しい人々は、『他社との主な違いはパッケージと広告にある』と考えがちである。一般的な製品そのものに大きな違いがあったとしても、それを十分に理解していないために、パッケージや広告を偏重してしまうのだ」と読者に釘を刺す。
ゼネラル・フーズやP&Gの多彩な製品が好調な売れ行きを示している理由は、広告に力を入れパッケージを工夫しているからだけではない。また、IBMやゼロックスの成功が、ほかにはない一般的製品であるからというだけでは説明がつかない。他社との違いは何か。それがマーケティング・マネジメントだ。丹念な分析、管理、フィールドワークなどが繰り返されている。それらは、製品の特徴に隠れて目立たないだけなのだ。
ところでレビットは、イソプロパノールという水溶性アセトンの原料になる単純な製品が衰退した理由を調べている。調査で導き出された推論は、すべての顧客に同じ価格を伝えていたわけではなく、買い手によって価格感度も異なっていたという2点だった。
ところが当時は、顧客ごとの価格弾性の違いなどを基にした取引条件や納品手法、技術支援のあり方などの分析は行われなかった。もし、製品マネジャーがこうした事実を把握し、価格変動の影響力やロイヤルティの高い顧客と低い顧客の収益比較をしていれば、販売戦略で差別化を図り、イソプロパノールは衰退を免れたのではないかと結論する。
つまり、マーケティング・プロセスをいかにマネジメントするかが差別化のための大きな武器になるのである。「差別化の決め手は製品だけではなく、業務プロセスにあるのだ」。
ここまで読み進み、日本製品の国際競争力の低下を思い浮かべた方も多いのではないだろうか。「なぜ日本では、世界最先端の技術を持ちながら、iPhoneやiPadを生み出せなかったのか」などという疑問につながる。マーケット・マネジメントがなければ勝てない、という30年以上も前の指摘に、いま、日本製品が直面している。
そもそも日本メーカー(たとえば家電メーカー)は、戦後、一般的な製品での高品質、高技術を差別化要因として勝ってきた。しかし、勝ち続けるために「期待される製品」「拡張的な製品」へと、さらなる差別化への取り組みがあったか、といえば、答は「ノー」だろう。「オーバースペック」という言葉に象徴されるように「一般的な製品」の領域での技術力にこだわるあまりに、「期待される製品」「拡張的な製品」そして「潜在的な製品」にまで製品を拡張できなかったのである。
しかし、それはひとえに技術者だけの過失ではない。日本では、製品拡張と差別化を“演出”できるマーケティング・マネジメントがなかったのだ。
最近では、たとえばソニーが発表した4Kテレビのスピーカーは、とてもお粗末なものだった。ある関係者が、「なぜ、こんなちゃちなスピーカーなんかつけるのだ。4Kテレビで本当に画像と音を楽しみたい人ならば、別個オーディオシステムを用意するだろう」と喝破した。これに対して現場のマーケターや技術者から返ってきた答えが「消費者調査では、テレビにはスピーカーがついていた方がよいと出ていたから」であった。
かようにマーケット・マネジメントを担える人材が少ないのである。現在、グローバル人材の育成が叫ばれ、大学でも補助金などを得て各種のプロジェクトに取り組んでいる。それはそれで重要な取り組みだが、グローバル人材の育成と同時にマーケティング・マネジメント人材の育成を並行させなければ、グローバル化は画竜点睛を欠いたものになる。レビットの指摘は、いまを検証する重要な視点であり、それを強調しすぎることはないであろう。