真のリーダーは自分にも周囲にも心を開く
――日本も含めて、先進国企業には、新興国市場にもきちんと適応できる「良きリーダー」が十分にいると思いますか。
人数は正確にはわかりませんが、そのような人も多く見ています。あるヨーロッパ人の例でお話ししましょう。その男性はハイテク企業のインド拠点で働いていました。ある時彼は、車で会社に通うのを止めることにしました。渋滞で時間がかかるし、オフィスから家がそれほど遠くないので、自転車通勤ならちょうど良い運動になると思ったからです。自転車で町を走ると、まるで自分も町の一部になったように感じます。そうすると、自然に町の環境に注意を払うようになります。
その人はもう50代で、ある組織の長でした。でも彼は自転車通勤を通じて心を開き、環境を観察し始めます。まず彼はスラムのような小屋に住む人々がどんな生活をしているか、観察するようになりました。そこでは朝いちばんに、子供たちがきちんと制服を着て出てきて、スクールバスに乗って学校に行きます。これはとても面白い発見でした。あんな小屋に住む貧困層なのに、制服を着た子供たちがきちんと学校へ行く。彼はより注意を払い、小屋にどういう設備や家電があり、それらをどう充電しているか、理解していきました。
暮らしの仕組みがつかめてくると、彼はいくつかイノベーションを思いつきました。たとえば、様々な用途ごとに分かれた、早く充電でき長持ちする充電機などです。
――深い観察が顧客のニーズをつかむことにつながるのですね。
ビジネスから全く離れたところでも、彼は個人的に、そうした人々の暮らしを良くする手助けを何かできないか、取り組み始めます。やがてそれは、彼の母国の人々と現地の人々をつなぎ、学費の支援を必要とする子供たちをスポンサーとして手助けできる仕組みに結び付きました。
つまり、彼は単にその環境に「居た」だけでなく、本当の意味でその環境で「生きた」のです。自分にとって新しい何かを見るために、心と目を開いたのです。その過程を通じて、自分の会社に貢献し、かつ、今までよりはるかに意味にあふれた生き方を見つけたのです。
私はこのような人を多く知っていますし、間違いなくその数は増えています。たとえばアフリカで働くある日本人リーダーは、赴任の機会を使って自分の子供たちに、アフリカで育つとは本当の意味でどういうことなのか、現地の友達との交流を通じて深く体験させていました。こうした例は少なくありません。
これは、いまビジネスで大きなシフトが起こっている結果だと思います。自分を深く知り、ビジネス以外の世界についても思慮深くあることが、リーダーとして自然なことになりつつあるのです。結果だけにこだわるより、社会や人間性についても深く考える。そして実はそうしたことが、国境や領域を越えて活躍するために役に立つのです。