「判断の質」を高めていけるか
――そうしたリーダーを育てるためには、個人の資質を超えて、何が必要なのでしょうか。一つの切り口は、ご指摘のあったように企業として組織文化を改革することかもしれません。他に「良きリーダー」を育てる方法はあるのでしょうか。
一つの考え方ですが、単純化すれば、「良きリーダー」とは、人より優れた判断をする人のことです。学習にオープンで、社会に参加意識を持つ。こうした特性は優れた判断に結び付きやすいのです。リーダーにとっての一番のチャレンジは、どうすれば判断の質を高めることができるかです。
これに対して、2つのアプローチを考えてみましょう。第一に、経営学の教科書の中に意思決定の質を高める答えがあるか。第二に、教科書に頼らないとして、リーダーが日々トレーニングで判断の質を高めることはできるのか。
まず、第一のアプローチはどうか。実は、経営学の重要な発見の一つが、「経営学は様々なモデルを出してきたが、その科学としての説明力は過去40年ほとんど改善していない」ということです。
――科学的モデルの説明力は、決定係数(R2)で示されます。ゼロだと説明力が無く、100%に近づくほど、確実にそのモデルで物事を説明できるというものです。経営理論の決定係数はどのくらいなのですか。
社会科学の理論モデルには、決定係数10%未満のものが少なくありません。経営理論のモデルも、ほとんどが決定係数10%程度のものです。統計学者には常識ですが、決定係数10%では統計モデルとしての予測能力はほぼゼロです。つまり、ほとんどの経営学のモデルの予測能力はとても低い。ということは、頼れるモデルを持たない我々は自分の判断力に頼らざるを得ないのです。
では教科書を捨ててマネジャーが自分で判断すれば問題は解決でしょうか。残念ながらそうではありません。なぜなら、意思決定科学からの限られた学びの一つが、人間の判断は仕組みとして確実に誤りを起こすということなのです。だから我々は、「正しい判断をする」ことではなく、「間違いだらけの判断の質を少しずつでも改善していく」ことから始めなければなりません。
――自分で自分の判断の質を高めていくことが、できるのですか。
間違いなく、できます。簡単にいえば、次のような3つのポイントがあります。
1. 経営学などの理論について、結論だけ見るのでなく、根拠となっているデータの説明も自分でよく確認する。そしてどういう条件ならあてはまる理論なのか、自分なりの仮説を持つ。説明力が弱いとはいえ、すでにある知見を使わない手は無い。
2. 自分が何かを判断する際に、システマチックエラーを想定する。大勢から意見を集め確認する、特定の立場への利害関係をなくして考えるなど、そうした誤りを正す方法は心理学などで既に知られているので、それを積極的に使う。
3. 自分がした判断のプロセスを可視化し、追跡して改善できるように記録する。判断を、スポーツのように上達できる一つの専門技術として扱う。
――それは面白いですね。実際にどのようにやればよいか、具体的な例で教えていただけませんか。
たとえば、ある先進国出身の女性リーダーが、新興国のマネジャーに任命されたとしましょう。現地には業績の悪い現地スタッフがいて、厳しいフィードバックをしなければならないとします。本や論文を調べれば、ネガティブなフィードバックをする時のコツや、女性の上司が一般的でない職場環境で女性リーダーが効果的に振る舞うコツについては、既に知識があるでしょう。こうした過去の証拠を集めるのが、第一歩です。
次のステップは、自分自身のバイアスが何かを確認することです。たとえば、この女性がそれまで男性中心の職場でずっと孤軍奮闘して働いていれば、そうした自分の周囲の世界観を普遍的と見てしまうかもしれません。すると、その世界観がフィルターとなって、自分の経験に近い証拠ばかりに目が行き、違う環境で得られる幅広い知見を「使えない」と思いがちなことに注意しなければなりません。
最後に、バイアスも意識しつつ自分なりの仮説を立てたら、フィードバックに全力で臨むとともに、今回の判断を学習の機会として、次にはより良い判断ができるように活かすのです。