長時間労働が悪い、という話ではない

――「ここを辞めれば」とは、マッキンゼーを辞めれば?

 はい。みんなむしろ、マッキンゼーを辞めればもっと楽に同じ額が稼げると思ってる(笑)。なので必要以上に自分を痛め続ける必要がありません。この辺は、転職者の多い業界のメリットではないでしょうか。

 日本の大企業の中には、みんな一緒に定年まで勤め続けるという終身雇用的な企業もあって、そういうところだと簡単に「ダメなら辞めればいい」とは思えませんよね。すると成果のでない人は、止めどなく頑張らざるを得なくなる。過労死という言葉は世界でも日本語のまま使われていますが、これも海外では転職が当たり前だからではないでしょうか? そいういう国では、ひとつの会社で必要以上に頑張る必要はありません。

――マッキンゼーでは、徹夜したり夜遅くまで熱心に働いているのは奨励されない?

 長時間労働は常に問題視されているので、奨励されたり評価されることはありません。とはいえ実態としてはそういうプロジェクトも一定の比率で出現してしまいます。ただマッキンゼーには固定的な部門がなく若手コンサルタントは自分が働くマネジャーやパートナーを選ぶことができるので、恒常的にそういう状況を改善できないパートナーやマネジャーは、チームメンバーを集めることができなくなります。

 それともうひとつ明確にしておきたいのは、時給いくらで働いているアルバイトなどと異なり、こういった職種における本当の問題は労働時間の長短ではなく、働いている時間の生産性の高低だということです。

 日本でも海外でも同じだと思いますが、スタートアップの経営者とか、巨大なグローバル企業を統括している経営者で、9時-5時で働いている人はごく少数でしょう。世界的にみても大きな成果を上げている企業、たとえば創業数年のうちに世界のあちこちでサービス展開を始めるといった成長スピードの高い企業では、キーパーソンの多くが「ものすごく高い生産性で、かなりの時間働いている」のではないでしょうか。生産性が高い上に長く働いているから、生み出されるアウトプットが群を抜いているわけです。

 そういうふうに、誰に強制されるでもなく高い生産性で長時間働き、短期間のうちに大きな成果を達成したいという人の働き方まで否定すべきだとは思いません。

――自分で長時間労働を選択して生産性の高い働き方をしている人に関しては、ということですね。

 そうです。なぜなら生産性が高ければ、企業も人も報われますから。報酬や企業価値への反映という点でも報われるし、気持ち的にも報われますよね。人を疲弊させるのは、ものすごく生産性の低い状態での長時間労働なんです。「こんなことを人間がやる意味があるのか?」とか「自分の人生の使い方として、これでいいのか?」と疑問に思えるような時間。そういう時間が長いと、体だけでなく心が疲弊してしまいます。

終身雇用が、
社会全体の生産性を下げている?

――日本の労働慣習自体が生産性を下げていると思われますか?

 上司が帰らないと帰れないといった不文律もそうですし、終身雇用制度も日本全体の生産性をさげていると思います。今は23歳で就職したとして、65歳まで40年以上も働く時代です。でも産業や事業の寿命は多くの場合40年間ももちません。なので終身雇用制度の下では、新卒で花形産業に就職した人の多くが途中から何十年も衰退産業の中に留め置かれる、ということが起こります。

 同時に、途中で勃興してきた新しい産業ではそういう人が求められているのに、新卒で就職した後まったく転職市場に出てこないので、こちらは必要な人手が確保できず、成長が抑制されてしまう。雇用の流動性が低いことが、両方の側から労働生産性を下げてしまっています。

――雇用の流動性が大事なのはわかりますが、とはいえ「アップ・オア・アウト」(昇進するか、さもなくば退社)といった厳しい仕組みを好む人は多くありません。

 その言葉、誤解されていると思うんですが、本来の意味は「やればできると分かっていることをいつまでも続けていてはいけない。常にひとつ上の仕事ができるようになれ。そういう気持ちのない人を我が組織はおいておけません」という意味です。つまり、能力が低い人を切るというルールではなく、成長意欲の無い人を切るという趣旨なんですよ。

――生産性の中で触れられていたトップパフォーマーの育て方の話ですか?

 そうです。できるとわかっていることをやり続けるのってラクなことでしょ。「アップ・オア・アウト」ではない組織では、優秀な人ほど、たいして頑張らなくてもできる仕事を何年も続けていたりします。でもそれでは、本来可能な成長が抑制されてしまいます。「アップ・オア・アウト」というのは、そういう「やればできる仕事ばかりやっているので、成長はできていないけれど、ラクに働ける期間」は、我が組織では存在しませんという意味です。トップアスリートを見ればわかりますが、たとえ優勝しても「さらに上」を目指して挑戦を続けますよね? 優勝したからといって、「その立場でステイ」は許されない。常にアップを目指さないと、排除(アウト)されてしまう。プロフェッショナルファームというのは、そういう世界と同じなんだという意味なんです。

※バックナンバー・続きはこちら(全3回)→第1回][第3回

 

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