成功がもたらす病

 スター社員というものは、本来の才能に加えて、野心、環境、タイミングの4つが揃った幸運な人間であろう。これらが揃えば、トップの座に上り詰めることもけっして不可能ではない。

 とはいえ、いかにトントン拍子で出世した人でも、ことトップの座となると、そこへの道程は平坦ではない。その過程で、これまで経験したことのない仕事に遭遇することもあるだろう。しかしそのために、あまり知られていない病気に襲われることがある。矛盾しているようだが、その病因は、その人が積み上げてきた成功にある。

 ようやく新しい仕事をうまくこなせるようになると、次の新しい仕事が待ち構えており、そこでもよりいっそうの成果が期待される。この端境期こそ、ワーカホリックなスター社員が危うくなる時である。惰性に任せるわけにもいかず、進路を見失い、自分の目的に疑問を抱きやすい。このような混乱が高じると、情緒不安に見舞われることもある。

 この病を放っておくと、前途洋々に見えた者でもエリート街道から外れてしまう。会社とすれば、自社の将来を担う逸材を失うことになる。困ったことに、その兆候はなかなか気づきにくく、見逃しやすい。

 その典型例が、アンドリュー・トンプソンである(我々がコーチングを実施した複数のビジネスマンを合成させた架空の人物である)。36歳のトンプソンはアイビー・リーグ[注1]の出身で、とても社交的な人物である。一流投資銀行で資産運用を担当しており、本人も認めているが、人がうらやむようなキャリアを積み、業界の金メダリストとでも言うべき存在だった。

 ベンチマークを0.25%上回る運用利回りを達成し、しかも富裕層を固定客に抱えていた。トンプソンは富裕層担当という立場から、プライベート・バンキング部門最大のチームを任される責任者に抜擢され、40億ドルもの資産を運用するようになった。また、人並みならぬ努力を重ねている頑張り屋としても知られるようになった。

 ところが、昇進後の数カ月で何かが変わってしまった。当初は「仕事のおもしろみがちょっと薄れたかな」程度の感覚だったが、そのうちに退屈で退屈でたまらなくなった。緊張感もなくなりつつあった。ずば抜けた利回りを出してやろうと、以前ほど一生懸命に分析することもなくなっていた。負けず嫌いな部下たちが対立していても、あえて無視した。

 仕事以外のものに気を取られやすくもなった。『ニューヨーク・タイムズ』紙のクロスワード・パズルを完成させようと、毎日取りつかれたように夢中になった。友人から電話があり、手漕ぎボートで大西洋横断をしないかと誘われると、自分でも驚いたことに本気でやりたくなった。