「ジャパン CDO オブ・ザ・イヤー 2018」を受賞した三菱ケミカルホールディングスのCDO(チーフデジタルオフィサー)、岩野和生氏。その岩野氏に、単なるデジタル技術の活用にとどまらない、ビジネスモデル変革や社会的課題の解決をどのように進めていくべきかについて聞いた。

技術はすたれるが、思想は簡単にすたれない

藤井 DX(デジタル・トランスフォーメーション)はいまや多くの企業にとって共通の課題となっていますが、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やマーケティング・オートメーションなど、デジタルツールの活用レベルで終わっている残念なケースが多いのが実情です。そうした中で、御社は思想・文化レベルにまで踏み込んだトランスフォーメーションに取り組んでおられる、非常に稀有な例だと思います。

岩野 日本人は技術が好きなので、何でも技術で解決できると考えがちです。しかし、技術は時代とともに移り変わり、すたれていくものもあります。

岩野和生
三菱ケミカルホールディングス
執行役員 先端技術・事業開発室 CDO

日本IBMで東京基礎研究所所長、先端事業担当執行役員などを歴任後、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター 上席フェロー、三菱商事株式会社 ビジネスサービス部門顧問などを経て、現職。

 IT部門や従来の延長戦から始まるDXは、いまの技術でできることをやろうとしますから、ツール活用の域を出ないことが多いのかもしれません。たとえば、AIやIoTを使うことがDXだと、短絡的に考えがちです。DXの本質は、さまざまな関係性に変革をおこし、新しい価値をつくり出すことです。

 でも、AIは過去の情報に基づく判断しかできず、これからはデータに基づく判断は、できて当たり前の世界になっていきます。そのときに大事になってくるのは、将来を考え、知恵に基づく賢い判断、賢慮ともいうべきものです。

 (一橋大学名誉教授の)野中郁次郎さんは、知は人と人との関係性の中で主体的につくり出すもので、そこでは人間の持っている主観や想いが重要になるとおっしゃっていますが、これは思想と言い換えてもいいと思います。

 私は、企業、あるいは社会が知恵を磨いて賢い判断ができるよう変わっていく必要があると思っています。その根底には思想が必要で、目の前にある技術だけで変革を起こそうと思っても限界があるのです。

 もう一つ、大事なのは共感です。賢い判断といっても自分一人が賢くなればいいわけではなく、社会に受け入れられる賢さでなくては大きな変革にはつながりません。

 たとえば、二酸化炭素の排出量をどれだけ抑えられるのか、あるいは社会における富の偏在をどう是正できるのか。SDGs(持続可能な開発目標)に掲げられているようなメガトレンドを意識して、社会的な共感を得られる賢い判断をしなければなりません。

 賢い判断ができる企業や社会に変革していくのは、非常に難しいことです。しかし、難しいからやらないというのは専門家、あるいは経営者が取るべき態度ではないと思います。社会や会社の中で、私たちがその能力と場に巡り合っているとすれば、その責任を果たすことが私たちの役割だと感じています。誰かがやらなければならないからやる。そして、そこで得た経験や知恵を広く共有することで、変革を実現する。専門家や経営者には、そうした姿勢が求められていると思います。

 しかし、人と人の関係性の中で知をつくり出そうと思っても、基本的な知識すら見えるようになっていない、誰もが使えるようになっていないとしたら、そこはデジタル技術によって可視化し、共有化することは必要でしょう。