「才能のエコシステム」を生み出したい
藤井 フレームワークが大きい変革ほど、大義やビジョン、社会的意義を明確に掲げて、仲間を巻き込み、新しいモデルをつくっていかないと変革は実現できません。
先ほど岩野さんは社会の共感を得ることの重要さを指摘されましたが、大義やビジョンを社内外に正しく認識してもらい、共感を得るためのコミュニケーション、ブランディングも変革実現のための大きな要素となります。DXを進めるうえで、その点に配慮している企業が少ないのではないでしょうか。
岩野 おっしゃる通りだと思います。自分たちがどういう方向に行こうとしているのか、コミュニケーションによってみんなの気持ちを収斂させていくのは非常に大事なことです。
先ほど申し上げた「テクノロジーアウトルック」と「デジタルプレイブック」は、インターナルコミュニケーションのためのツールという面もあります。
なるべく具体的なイメージが湧くツールを見ながら、議論を重ねることで、変革の方向性やプロセスについて意識を収斂させていくことができたのではないかと考えています。
今後は、動画を含めていろいろなツールや媒体を使いながら、社外も含めて共感の輪を広げていくことが必要だと思っています。
藤井 DXを誰にやらせるか、どういう体制で加速させるかが、経営者の大きな悩みです。グループや業界全体でサプライチェーンの仕組みを変えるといった大きなトランスフォーメーションは、CDOオフィスだけでは難しいのではありませんか。
岩野 もちろんです。CDOオフィスだけでは無理ですし、三菱ケミカルホールディングスだけでも難しい。
社会はいろいろな才能を持った人が集まって成立しています。たとえば、技術者や起業家、経営コンサルタントもそうですね。そうした人たちが有機的につながる「才能のエコシステム」といったものができないかと、私は考えています。
いろいろな才能を持った人を自社で抱え込もうとしても、1社では限界があります。それに才能がある人ほど、同じ場所にいつまでもとどまってはいません。
柔軟なネットワークで、いろいろな才能を持った人が結ばれ、かつ離合集散を繰り返している。私がイメージしている「才能のエコシステム」とは、そのようなものです。
現実的には知財管理をどうするかといった問題もありますが、企業の枠を超えたエコシステムの中で才能ある人たちが同志をつくり、そのエコシステムを離れていった人たちが、別の場所でまた新しい変革に取り組む。そういう広がりが生まれれば、社会変革が加速していくはずです。
いまから10年ほど前、アメリカで『Citizen Engineer』(シチズンエンジニア)という本が出版され、話題になりました。ソースコードが公開されたソフトウエアが増えたことで、エンジニアが自分の才能を活かして社会の役に立つ新しいソフトを提供できるようになりました。そうしたエンジニアがコミュニティーをつくって、より創造性を発揮する場面も増えました。
最近では、シチズンサイエンティストという言葉も聞くようになりましたが、自分が属する組織を超えて社会の役に立つ仕事に取り組むことにやりがいを感じる人たちが、今後はどんどん増えていくのではないでしょうか。
藤井 「才能のエコシステム」は、DXを加速するうえでも大きなヒントになりそうです。そのエコシステムの中で、知恵や経験がシェアされ、次の世代にもきちんと受け継がれていくことで、社会の持続可能性はより高まると思います。
本日はありがとうございました。