いかにして現場とともにDXを進めるか
藤井 専門家が社会変革に対して大きな責任を負っているという点は、私も共感します。ただ、デジタルディスラプションに対してどう手を打つかを考えたとき、企業に与えられている時間は多くありません。
岩野 おっしゃる通り、そのタイムウィンドウはどんどん狭くなっていると思います。
私がこの会社のCDOに着任して2年近くになりますが、最初に取り組んだのは、いかにして現場の信頼を得るかということです。
CDOオフィスは私を含めて4分の3が社外から来たメンバーです。当初は社内から「何をやるんだろう」という目で見られていたと思います。そのままの状態では、DXを素早く進めようと思っても、誰もついてきてくれません。
そこで我々は、事務所を頻繁に訪問しました。彼らが抱えている課題やビジョンは何か、それを解決するためにどんなアイデアがあるかといったことを徹底的にヒアリングし議論したのです。
そのうえで、我々のチームも参加していろいろなプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトには、タイプ0からタイプ3まで4つの分類があります。タイプ0は事業部門がすでに進めているプロジェクトに対して我々がアドバイスするもの、タイプ1は現場が直面している課題を一緒に解決するもの、タイプ2は将来重要になる課題を私たちが提案し解決するもの、そして、タイプ3はグループ全体や化学業界で新しいサプライチェーンやビジネスモデルを構築するものです。
始めた頃は、タイプ0からタイプ3が「1:5:2:2」くらいの比率になるだろうと想定していたのですが、実際には初年度は「3:6:1:0」になっています。現場は一生懸命考えているので、その声は無視できません。成果が出るまで長い時間がかかるプロジェクトより、目の前の課題をどう解決するかにどうしても比重がかかってしまいます。その結果として現場からの信頼感を得て、チームとして活動していくことができるようになりました。さらに、タイプ0や1のプロジェクトについては、それらが単発のソリューションにならないように、方法論としてメソッド化するようにしています。
昨年からは、現場での活動に加えて、藤井さんたちと「テクノロジーアウトルック」や「デジタルプレイブック」をつくって、それを基に社内でワークショップを開いたり、現場で議論したりすることを始めました。
これによってここ半年くらいは、将来の課題やグループ全体の課題解決に関するアイデアも出てくるようになり、実際に、タイプ2やタイプ3に繋がり得る現場主導のプロジェクトが立ち上がり始めるなど、社内でDXへの機運が急速に高まり始めました。
「テクノロジーアウトルック」は、ブロックチェーンや量子コンピューティング、機械学習などの大きな技術革新と、それが私たちの業界や会社に与える影響についてまとめ、私たちの立ち位置を考えた資料です。そして、そうした技術革新を活用したビジネス変革事例を世界中から集め、ビジネスモデルを構成し得る基本コンポーネントを整理したのが、「デジタルプレイブック」です。
両方とも結構な分量の資料なのですが、私たちの会社はもともと真面目に考える文化があるので、真剣に読んでくれます。そのうえで、技術革新やその活用事例を参考にしながら、「化学業界で、モノからサービスへのビジネスモデル変革を進めるにはどうするか」といった具体的なテーマを議論するわけです。
この議論を何度も続けているうちに、現場の人たちがDXを自分たち自身の問題として考えるようになりました。
藤井 将来の課題やビジネスモデルの変革を真剣に考える場をつくったことをきっかけとして、驚くほど、事業部門の方々が自分事としてDXに取り組まれ始めましたね。
岩野 気をつけないといけないのは、ビジネスモデル変革といった大きなプロジェクトは1年や2年で簡単に実現できるものではないということです。
最初はみんなが張り切って取り組んでいても、2年経ち、3年経つとだんだん疲れてきて、尻すぼみになりかねません。
ですから、先ほど申し上げたタイプ1などの、比較的実現しやすい地に足のついたプロジェクトでスモールサクセスを積み重ねていくことも同時に進める必要があります。
ワークショップをやるときには、すぐに実現できそうなアイデアと大きなフレームワークで捉えなければ実現できないものと、その両方を考えてもらうように意識しています。
事業部門の人たちは自分たちで考えたことが、本当に大事なことだと思ったら何とか予算を付けて実現しようとします。それで、会社全体のDXの動きが加速してきた気がします。
さらに最近、デジタル成熟度指標をつくりました。これによって各組織が自己診断を行い、個々、あるいは、全社で取り組むべきことをより明確に特定することで、DXを加速していきたいと思います。