藤井 技術に話が行きがちですが、DXの本質はデジタル技術を活かして、企業間あるいは企業内プロセス間の関係性を再構築することで、新たな知、新たな価値を創出することにあるということですね。そのような変革に向けた思想や戦略をどう持つかという議論も重要です。

岩野 いまの時代、あえてデジタル技術を使わないという選択肢は考えられませんから、使っていることが前提になっているでしょう。

 私はCDOオフィス(デジタル・トランスフォーメーション・グループ)のメンバーによく言うのですが、そもそも我々は何のために、いま、ここにいるのか、私たちの責務、ミッション、この場に巡り合うことのできている事実など、そこをよく考える必要があります。

 2000年代に入って、スマートグリッドやスマートシティの構想が世界中で持ち上がり、企業の枠を超えて社会を賢く機能させようという動きが出ましたが、現時点でも大きなインパクトは起こせていません。

 その理由は、政府なり、あるいはどこかの企業が制度やインフラを整備してくれたら、私たちも技術やサービスを提供しますよという発想だったからだと思います。つまり、主体性や思想がなく、既存のビジネスの延長でしか考えられなかった。大事なのは、社会デザインと社会共通資本としてのインフラや制度、その上での各組織や個人の関係性をみずからがつくることです。

 科学技術はどんどん進化していますが、同時にどんどん細分化していっています。どういうアーキテクチャーで社会をデザインすべきか、そういう思想がないと、細分化した科学技術を統合して、賢い社会に変革していくことはできません。同時に、そのとき専門家として我々はどうコミットするべきか、企業としてどういう役割を担うのか。それを真剣に考え、実行すべきだと思います。

 科学技術のレベルが上がっており、持続可能な社会をつくるべきだという人々の考え方も成熟しています。また、技術的にはサイバーと物理的世界が一体となったCPS(サイバー・フィジカル・システムズ)、最適化、AI、アーキテクチャーが進歩するとともに、ビジネスモデルの考え方など部品も揃ってきています。この時点で、この場所にいて変革に取り組まなかったとしたら、20年後の未来に振り返ったときに、必ず悔いが残るはずです。

 そういう意味では、逆に我々はいま千載一遇のチャンスを迎えていると言うこともできます。

藤井 剛
モニター デロイト
ジャパンリーダー パートナー

デロイトの戦略部門であるモニター デロイトのジャパンリーダーであり、Innovation およびCSV/Sustainabilityの戦略プラクティスに多くの経験を有する。

藤井 技術の進化が企業に変革を迫っているのではなく、社会的な要請、ないしは使命としていまこそ変革に取り組まなくてはならない。だからこそ、思想まで踏み込む必要がある。

岩野 先ほど技術はすたれると言いましたが、その底流にある思想は簡単にすたれるものではありません。

 たとえば、ITの世界では、仮想化というアーキテクチャーについて50年も前から議論され、実装されてきました。サーバーやOS、アプリケーションなどの資源を物理的な構成とは異なる環境で構成するように、インフラとか技術を仮想化してコンポーネント、つまり「機能」として組み合わせるという社会的仕組み(「機能のエコシステム」)が構想されるようになっています。技術の底流にある思想を知っていれば、そういう考え方を理解できます。

 グリッドコンピューティングにしてもクラウドコンピューティングにしても、あるいはSOA(サービス・オリエンテッド・アーキテクチャー)にしても、底流をきちんと理解したうえでいまの技術に向き合えば、かなり本格的なDXができるはずです。

 私たちは、脳腫瘍になれば、命を託さなければならない信頼できる脳外科医を探します。だからこそ、脳外科医は最先端の技術と知識と使命感を身につけ、それを発揮してもらわないと困ります。

 それと似たようなことがデジタルの世界でも起きていて、我々のような専門家がつくるコミュニティは、社会からそのデザインを預託されていると考えるべきです。