eランサーの登場

 1991年10月、21歳のヘルシンキ大学のコンピュータ科学の学生、リーナス・トーバルズは、自分が書いたコンピュータOSのカーネルをインターネットで提供した。これはいまでは〈リナックス〉と呼ばれ、10年以上にわたって企業や学界に広く普及し、〈ユニックス〉のスタンダードとなった。

 トーバルズは、他のプログラマーがこのソフトウエアを無料でダウンロードし、使用し、テストし、適当に修正するように呼びかけた。一部の人たちがこの彼の申し出に応じた。彼ら彼女らはバグを取り除いたり、オリジナル・コードに手を入れたり、新たな機能を加えたりして、それぞれインターネットに書き込んでいった。

 こうしてリナックス・カーネルが発展していくと共に、ますます多くのプログラマーの注目を集め、自分自身のアイデアを加えたり、改良を施したりした。このリナックス・コミュニティは着実に発展し、やがて世界中の数千人の人々に広がり、全員が互いに無償で作品を共有した。

 管理者のいない状況で働き、主にインターネットを通じて結合されたこの緩やかなインフォーマル・グループは、3年足らずで、〈リナックス〉を〈ユニックス〉のベスト・バージョンの一つに発展させた。

 一方、IBMやマイクロソフトなどの企業では、前述したようなソフトウエア開発プロジェクトをどのように管理してきたかについて考えてみよう。これらの企業では、何階層ものマネジャーを通過しなければ、意思決定や投資は認められなかったであろう。

 プログラマー、品質保証テスター、テクニカル・ライターなどのチームが公式に編成され、それぞれに役割が割り当てられる。顧客調査とフォーカス・グループが実施され、分厚い報告書が出来上がる。そして、予算編成、マイルストーンによるスケジュール管理と締め切り、ステータス・ミーティング、パフォーマンス・レビューなどを経て、ようやく承認されるといった具合だ。

 縄張り争い、プログラマーたちの燃え尽き症候群、バッファー・オーバーラン(バグによる誤作動)、スケジュールの遅延なども起きるだろう。プロジェクトに莫大な資金が投入され、完成までに長い時間をかけた挙げ句、ことによると〈リナックス〉ほど便利なシステムにはならないかもしれない。

〈リナックス〉の開発は、大企業経営者たちからすれば、まったく理解できないものだろう。『ワイヤード』誌が紹介する、大企業にはほとんど無縁と思われるハッカーやサイバー・スペースの物語同様、すぐに忘れられてしまう類の話である。それはそれでわからないでもないが、やはり近視眼的な見方と言わねばなるまい。

〈リナックス〉の開発物語が示しているのは、ワーク・スタイルを抜本的に変える新技術──この場合はデジタル・ネットワーク──の力である。リナックス・コミュニティは、同じような仕事に従事する個人が何の制約もなく自主的に集まった集団であり、ニュー・エコノミーの基礎を形成しうる事業組織の一形態といえる。

 このような状況における基本単位は企業ではなく、個人である。そこでの仕事はフリーランサーによって自主的に処理される。もちろん、固定的な管理体制によって割り当てられたり、管理されたりすることはない。