イノベーションの根本原理は昔もいまも「知と知の組み合わせ」
とはいえ、イノベーションの創出は難しいテーマです。日本の企業だけが悩んでいるのかというとそうではなくて、世界中の企業が悩んでいます。イノベーションは世界の経営学において最も重要な研究テーマの1つでもあり、長期にわたる研究成果からいろいろなことがわかっているのですが、その中でも、一番根本的な原理というのは何十年も変わっていなくて、それは「知と知の組み合わせ」です。
イノベーションの第一歩は、新しいアイデア、新しい知を生み出すこと。そのためには何が必要かというと、何十年も前から言われていることは、いまある既存の知と、別のいまある既存の知を新たに組み合わせることです。つまり、この世に存在するけれど、まだ組み合わさっていない何かと何かが新しく組み合わさって、新しい知が生まれます。言われてみれば当たり前のことで、人間はゼロからは何も生み出せません。ゼロは何回掛け算してもゼロですから。
批判するわけではありませんが、最近よく、渋谷の若い“イケてる”スタートアップの起業家などが、「ゼロイチ」という言葉を使います。「我々はゼロからイチを生み出すんだ」と。あれはおそらく間違いです。ゼロからは何も生み出せないし、ゼロは何回掛けてもゼロですから。イノベーションはそうではなくて、組み合わせです。みなさんも新しいことを思いついたことが当然あると思いますが、そういうときは絶対に頭の隅のどこかで、いままで組み合わさっていなかった何かと何かを組み合わせています。
イノベーションの父、シュンペーターはこれを「ニュー・コンビネーション」(新結合)と呼びました。80年以上も前の話です。それがいまだに世界のイノベーション研究の根本原理となっているのです。
ところが、認知科学の問題がイノベーションを阻害します。どういうことかというと、人間は認知に限界があります。分かってはいても、認知的に見える、目の前にあるものだけを見て、それだけを組み合わせる傾向があるのです。
日本でイノベーションに悩む企業には、大手企業、中堅企業が多いのですが、彼らは創業以来、何十年も同じ業界にいます。そこで働く従業員は新卒一括採用、終身雇用制の下、似たような人材ばかり集まります。つまり、何十年も同じ業界で、同じ会社にいて、同じ人たちと一緒にいたら、その間に目の前の知と知の組み合わせはさんざんやって、やりつくしていますから、もう終わっています。そういったところから、イノベーションは絶対に出てきません。
目の前の知と知を組み合わせる段階から脱却するには、なるべく遠くの知を幅広くいっぱい見て、それをどんどん持ち帰ってきて、例えば自分がいま持っている知と新しく組み合わせることが重要です。「両利きの経営(Ambidexterity)」理論が提唱する「知の探索(Exploration)」のことで、海外の経営学ではもはや常識となっています。
日本で起きているイノベーションもほぼすべて、「知の探索」が源流となっています。私がよく紹介する例に、トヨタ生産方式があります。世界に冠たる生産システムがどのようにして生まれたのかというと、大野耐一さんという伝説のエンジニアが、アメリカのスーパーマーケットに行って、商品や情報の流れを見たときに、「これは使える」といって持ち帰り、自動車生産と組み合わせたからです。
「知の探索」では、遠くをいっぱい見ることが大切です。そして、既存の知とどんどん組み合わせていって、これは儲かりそうだと思ったら、徹底的に深掘りし、磨き込んでいきます。それが「両利きの経営」のもう1つの軸である「知の深化(Exploitation)」です。右手と左手が両方使える人のように、知の探索と深化が高いレベルで実行できる企業、組織、経営者、ビジネスパーソンがイノベーションを起こせる可能性が高いというのは、世界の経営学者のもはやコンセンサスになっています。