「知の深化」に傾斜しないよう、「知の探索」を促す施策が重要に

 「知の探索が重要だ」と言葉で言うのは簡単ですが、実際には大変です。遠くに行って、幅広くいろんなものを見て、知見を取ってくることは容易ではありません。時間や人手もかかるし、お金もかかります。

 何より、知と知の組み合わせなんて、失敗することが多い。一方、会社には予算があり、予実管理が重視されますから、「知の探索」が無駄に見えてきて、どうしてもいま儲かっているところ、「知の深化」に偏ってきます。
日本企業によくある話ですが、新規事業開発本部やイノベーション推進部といった専門組織をつくり、最初の3年ぐらいは若手を抜擢して、鼻息も荒く、がんばって「知の探索」をします。ところが、3、4年もすると、社内に不穏な空気が漂ってきます。「あいつら、お金ばかり使っているのに、成果を出していないじゃないか」と言われ、予算が回らなくなって、もう一方の「知の深化」に偏っていく……。

 短期的にはそれでもいいかもしれませんが、長い目で見たときに、イノベーションの本質に決定的に重要な「知の探索」をなおざりにするので、結果的に中長期的なイノベーションが枯渇していきます。これを「コンピテンシー・トラップ」と言います。日本の多くの企業でイノベーションが足りないとすると、それは「コンピテンシー・トラップ」に陥っているからです。そのままだと会社がなくなってしまう可能性もありますから、「知の探索」を促す施策を打つことが何より重要です。

 では、「知の探索」を促すには何が必要でしょうか。1つは、個人レベルの「知の探索」です。当然ですが、会社は人でできているので、社員一人ひとりが知を探索することが重要です。

 音楽SNS「Ping」、デジタルオーディオプレーヤーのiPod shuffle、初代iMacに付属していた円形のマウス……。これらの共通点は、スティーブ・ジョブズの失敗作です。いまとなっては、出す製品すべて当てた大天才と言われるジョブズですが、それは真っ赤な嘘で、彼は実は大失敗王なのです。正確に数えたことはありませんが、おそらく“打率1割”にも満たないのではないでしょうか。

 つまり、ジョブズというのは典型的な知の探索人間なんです。遠く、幅広く、いっぱい見て、それをどんどん持ち帰って、知と知を組み合わせていたわけです。一方、足の速いIT業界では、とりあえず製品化して、ローンチしないとしょうがないから、結果的に失敗作も多くなったのです。でもそれは、彼が知の探索をやったからです。

 もうおわかりだと思いますが、個人レベルの「知の探索」には失敗がつきものだということです。いかにその失敗を受け止められる組織になるかがクリティカルに重要で、これこそが日本企業が一番苦手なことです。この話をいろいろな経営者に披露すると、「理屈はわかりますが、現実はそうではない。うちの会社は失敗できないんですよ」という方が多くいらっしゃいました。

 実は、日本企業のいろいろな経営者の方と交流させていただく中で、日本でイノベーションが起きない二大パターンが見えてきました。学術的な根拠はありませんが、ほぼ合っていると思います。1つめのパターンは、会社の社是に「安心、安全」と書いてあるところ。もちろん、インフラ系の会社は安心、安全第一ですが、それを徹頭徹尾やりすぎて、「1ミリでも失敗するな」みたいな会社だと、絶対にイノベーションは起きません。そういった会社は、ルールや制度、組織などに失敗ができる余白をつくってあげるといいと思います。