「知の探索」を継続するために、正確性よりも納得性を重視する

先述の通り、「知の探索」が重要だと言うのは簡単ですが、実際にやるのは大変です。しかも失敗が多いから、予実管理の観点からだんだん「知の深化」に傾いていきます。このときに、どうすれば「知の探索」を続けられるか――。私はいま、日本で一番足りないと考えている経営理論は「センスメイキング理論」です。実は、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の連載の中でも一番反響があった内容です。
ミシガン大学のカール・ワイク教授が唱える「センスメイキング理論」によると、変化が激しく、不確実性が高いこれからの時代に、最もやってはいけないことは、「正確性に基づいた将来予想」です。多くの日本企業は、正確な分析が大好きです。もちろん、分析は大事ですが、それだけに頼るのはダメで、ワイクが主張するのは、正確性ではなく、納得性を重視することです。平たい言葉で言うと“腹落ち”です。
日本企業にいま一番足りていないのが“腹落ち”だと思います。腹落ちとはつまり、自分の会社は何のためにあって、どういう方向に進んでいて、自分は何のために働いているのかといったことに納得している状態です。
30年、40年先の遠い将来について、正確なことはだれにもわかりません。だけど、大事なのは大きな方向感として、こうなっているはずだ、こんな世界にしたいんだというビジョンです。それに対して、我々の会社にはこういう従業員がいて、30年後の未来に向かって、大まかな方向感を持って、社会に貢献し、お客様に価値を創出し、収益を上げて、進んでいくんだと。どうだ、面白いでしょ。腹落ちするでしょと経営者が明確に語り、従業員やお客様、取引先や銀行などに納得してもらい、一緒に巻き込んで前に進むことができれば、「知の探索」は続けられるはずです。
これまで私は素晴らしい経営者の方にたくさんお会いしました。この2、3年でお会いした中でも、日本電産の永守重信氏、オリックスの宮内義彦氏、カルビーの元会長・松本晃氏、ロート製薬の山田邦雄氏、マザーハウスの山口絵理子氏、ユニリーバのポール・ポールマン氏などがいらっしゃいます。みなさん個性はそれぞれですが、唯一の共通点があって、それは圧倒的な腹落ちの達人だということです。本当にわくわくするような腹落ちをさせて、組織をドライブさせています。
そしていま、グローバル企業で何が起きているかというと、デュポンには「100年委員会」なる組織があって、腹落ちするまで真剣に長期ビジョンを考えています。シーメンスにも「メガ・トレンド」があって、何十年も先を考えています。だからシーメンスは20年以上も前からIoTに投資できたと言っても過言ではありません。
「知の探索」を継続していくには、企業全体としてそうした長期ビジョンを策定していくことが重要であると同時に、社員ひとりひとりのビジョンも大切にしていくことが必要です。
今日、申し上げたことは、私のオリジナルではありません。世界の経営学で常識的に言われている理論で、日本で知られていないだけのことです。
いずれにせよ、とにかくイノベーションは「知の探索」から始まります。そのためには、失敗を促す仕掛け、評価制度や、オープン・イノベーション、ダイバーシティ、弱いつながり、チャラ男が重要です。
そして何より、この会社は何のためにやって、どういう方向感に進んで、そのために我々は何のために働いているのか。実は、日本企業とグローバル企業の最大の差はここだと思っています。こういう青臭いことを徹底してやっているところが世界では勝っていることをご理解いただきたいと思います。(後編に続く)