日本企業も注目する
質の高い「リビングラボ」によるイノベーション

波江野 デンマークに5年以上住んでいた経験からいえば、トライ・アンド・エラーを基にしたアジャイルアプローチ、デザインをソリューションの一環としてとらえている点、そして実証にこだわる点など、社会文化的な面も含むデンマークの特徴は非常に興味深いです。

 Public Intelligenceはヘルスケア領域のリビングラボ(Living Lab)*を運営していますが、それがイノベーションの源泉として機能し得る社会環境があるという点も見逃せません。

*リビングラボ(Living Lab)
広い意味での人々の生活空間を実験の場として活用し、新しい技術や製品・サービスを開発する手法またはプロセス。開発の主体となる企業や行政、大学などの研究機関とユーザーである市民や現場でのサービス提供者が参加する共創活動であり、オープンイノベーションの1つの形と捉えることもできる。

ユリウス 特にヘルスケアに関するイノベーションをどう起こすかと考えたとき、市民あるいはエンドユーザーへのアクセスが何よりも鍵となってきます。

 多くの場合、メーカーは製品やサービスがほぼ完成した段階でエンドユーザーに試してもらっていますが、リビングラボでは企画段階や開発の初期段階からエンドユーザーとつながり、お互いに意見を出しあったり、開発中の製品・サービスをユーザーが実際に使いながら改良していったりします。それによって、ユーザーの単なる感想ではなくて、日常生活の中にある課題を構造的に理解することができるのです。

 つまり、製品・サービスの企画、開発、評価、改善という全体的なプロセスが、ユーザーの日常生活に組み込まれることによって、自然と共創活動が推進され、イノベーションの創出につながっていくわけです。

 単に幸運を期待するだけでは、イノベーションはなかなか生まれません。リビングラボは、ユーザーや市民を中心に据えながら、公的機関や民間企業、研究機関などの参加者が、社会課題に関するイノベーションを構造的に生み出す仕組みだと、私は考えています。

 デンマークはリビングラボを運営するのに、適した環境だといえます。なぜなら、人口も面積も(日本の)九州と同じくらいの小さな国で、エンドユーザーや自治体、大学、病院などのキーパーソンと比較的に容易につながることができるからです。

波江野 ヘルスケア領域でのイノベーションにおいて一つの重要なポイントは、行動変容にあります。つまり、人々の生活や関係者の働き方が、各種施策・サービス・製品を通じて本当に改善されるかが、大切なポイントです。

 そのため、先進技術などを活用するにしても、モノ起点で考えるのではなく、ヒトのインサイト(洞察)の深い理解を起点とした検討プロセスが、とても有効なアプローチだと思います。

 例えば、製品・サービスをつくり上げたり、データを取ったりすることが目的ではなく、その新しい製品・サービスを通じて看護師さんや介護士さんなどのヘルスケア従事者の行動が実際にどう変わるのか、取得したデータから人々のコミュニケーションのあり方を変える仕掛けをつくることで、住民や患者さん、要介護者の方などサービスを受ける側、またそのご家族の感情や心理状態がどう変わるのか。そうした変化や改善などを通じて社会が良くなり、その価値が認められ、必要とされることで、事業として成立するわけです。

 製品・サービスの開発をヒト起点で動かしていくには、リアルの世界でいろいろな人の行動を基にアイデアを出しあったり、フィードバックを受けたりできるリビングラボは非常に適していると思いますし、もっといえばリビングラボの運用を含めた「質」はとても重要だと言えますね。

エスベン・グロンデル
Esben Grøndal
Public Intelligence Japan
代表取締役

グロンデル おっしゃる通りです。そうした環境を構造的につくるためには、ある程度まとまった数のユーザーに参加してもらい、行政や研究機関などにいる適切な人たちを巻き込んでいくことが、大きなポイントです。

 試作段階からユーザーの評価を得て、スピーディーに改良を繰り返しながら完成させていくという開発手法は、デザイン思考と似ている部分もありますが、大きな違いは、単発的に限られたモニターの声を聞いて、そこから何らかのインサイト(洞察)を得るのではなくて、まとまった数のユーザーと継続的な関係を築きながら、その人たちの生活の中で使ってもらい、よりよい製品やサービスを共につくり上げていくという点です。

 ユーザーグループとの信頼関係がベースになっているので、開発する人と使う人という一方通行の関係ではなく、まさに共創関係ができることがリビングラボの非常に大きな付加価値だと思います。