成功していないプロジェクトも必要なもの
波江野 先ほどリビングラボの「質」の話に少し触れましたが、ヒト起点とかユーザー中心設計とか、言葉にするのは簡単なのですが、それをどういうレベルで実現していくのかを考えることが重要だと思います。いまのお話にあったように、どういう人を集めることができるか、その人たちとどういう関係を構築できるかといったことが、結果として製品やサービスの質を大きく左右します。
そうした点からも、産官学民の連携を通じたイノベーションが欠かせませんね。
ユリウス 企業が自社だけで製品・サービスを開発しようとすると、どうしても技術起点、エンジニア思考になってしまいます。一方、リビングラボを通した開発プロセスでは、全く違う起点からイノベーションの種をまくことができます。
何よりも重要なのは、マッチングですね。企業や公的機関が解決したいと思っている社会課題と、ユーザーが日常的に不満や不安などを感じていること、そのマッチングがスムーズにいくと、イノベーションが生まれやすい。そういう場となるのが、リビングラボです。
グロンデル 私たちは「価値のトライアングル」と言っているのですが、ユーザーと現場、組織(企業や自治体など)の3者が対等な関係で共創できることで、新たな価値が生まれます。

ユーザー中心設計のアプローチの場合、多くの企業はまず白紙の状態で、ユーザーの意見や感じていることを何でも聞き取ろうとします。そうすると、ユーザーは企業が持つケイパビリティーや技術、あるいはブランド価値とは関係なく、自分の理想像だけを語ります。
こうしたやり方で、ユーザーの理想に合う製品・サービスを開発しようとしても、大抵うまくいきません。
私たちの場合は、企業としてのミッションをどう考えているのか、どんなケイパビリティーがあって、それを生かしてどんな社会課題の解決に取り組みたいのかといった点を明確にしたうえで、プロジェクトのフィールドを定義します。
そして、リビングラボに参加するユーザーと現場の人たちには、定義したフィールドの枠内で、自由に意見や評価を言ってもらうのです。このフィールド定義をしないと、ユーザーや現場の人たちから山のようなフィードバックが寄せられ、その中には多くのノイズも混じっていますから、適切なインサイトを得られず、結局は市場で必要とされない製品・サービスを開発することになってしまいます。

Haeno Takeshi
モニター デロイト
アソシエイトディレクター
ヘルスケアストラテジー
日米欧でのヘルスケアビジネスでの経験を基に、国内外の健康・医療問題について社会課題としての解決とビジネスとしての機会構築の双方を踏まえたコンサルティングを、政府、民間企業などに幅広く提供。米カリフォルニア大学バークレー校 経営学修士・公衆衛生学修士。
波江野 弊社では、ヘルスケアを含めてCSV(共有価値の創造)という言葉に代表される、社会課題を起点とした戦略立案や新規事業開発に関わらせていただく機会が多くあります。
社会課題に対する解決性と事業としての強さの両方をもったビジネスの創出は、誰がやろうと、どれだけ正しいとされるアプローチをとろうと、100%成功するものではありません。だからこそ、大義や戦略の選び方や、実行プロセス、コミュニケーションまでを含め、いかにその可能性を上げていくかが大事であると考え、知識・経験・専門性などを活かして仕事に取り組んでいます。
御社でも、うまくいくケースといかないケースの双方を見る機会があると思うのですが、その違いを生むのは何だとお考えでしょうか。
ユリウス まず前提として申し上げておきたいのは、これはデンマークの国柄でもあるのですが、成功していないプロジェクトも必要なものだということです。失敗というのは、イノベーションあるいは新しいことにきちんと取り組んだ証拠でもあるわけです。
逆に、簡単に成功したプロジェクトでは、「本当に新しいことに取り組んだのか」と疑問を投げかけてくるクライアントもいます。または、簡単に成功した場合には、組織やチームとして十分な学びがあったのかというところも疑われるのです。
それを理解していただいたうえで、うまくいかないケースは何が理由になっているかというと、ポイントは大きく2つあって、1つは戦略のキーポイントをクライアントが私たちと十分に共有してくれないことです。どんな社会課題に取り組みたいのか、なぜそう考えたのかといった点です。
私たちは7年間に取り組んだプロジェクトをすべてレビューして、どのフェーズで、何に留意し、何を行うべきかというメソドロジーを3年ほどかけて自社開発しました。このメソドロジーには自信を持っているのですが、戦略的なキーポイントをクライアントが十分に共有してくれていない場合は、適切な提案ができません。
もう1つのポイントは、戦略を共有してくれて、私たちが適切な提案をし、製品・サービスを開発できたとしても、社会実装の段階で十分な投資をしてくれないと結局は成功するまでに至らないということです。