-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
意思決定の歴史
前世紀半ば、元ニュージャージー・ベルの社長で『経営者の役割』の著者でもあるチェスター I. バーナード[注1]は、行政用語の「意思決定」をビジネスの世界に持ち込んだ。以降、「資源配分」「方針決定」といった狭義の表現までも意思決定と見なされるようになった。
オレゴン大学チャールズ H. ランドクィスト・カレッジ・オブ・ビジネスの客員教授、ウィリアム H. スターバックは、これが経営者の行動様式を改め、行動と判断の迅速化を促したと言う。「経営者にとって、方針決定は際限なく続きます。そして、資源配分は常に悩ましい問題です。ですが、意思決定といえば、検討を終え、始動することを暗に伝えています」と彼は説明する。
バーナードをはじめ、スタンフォード大学の名誉教授であるジェームス G. マーチ[注2]、1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート A. サイモン[注3]、ヘンリー・ミンツバーグなど、斯界の権威たちは「経営者の意思決定」という研究分野を拓いた。
不確実性に直面した人間が占星術に頼った古代バビロニアから現代に至るまで、我々は「組織の意思決定」について考えてきた。だれが、いつ、どのような意思決定を下すのか──この行為によって、各国の政治システムや司法、社会秩序を形成されてきたともいえる。アルベール・カミュは、「人生は選択の集積である」と述べたが、歴史はまさしく人類による選択の集積である。
そして、数学、社会学、心理学、経済学、政治学など、数多の知識の集大成は意思決定研究の賜物にほかならない。なるほど、哲学者は、意思決定がどのような価値観を生み出すかについて熟考する。歴史家は、危機に直面した時のリーダーの決断を分析する。
リスクや組織行動に関する研究は、成果を得ようとする経営者の現実的な欲求から始まる。優れた意思決定が必ずしも好結果をもたらすとは限らないが、このようなプラグマティズム(実用主義)には一定の成果があった。リスク・マネジメントの高度化、人間の行動様式の理解や認知プロセスの模倣など、技術が進歩したおかげで、さまざまな状況において意思決定の質が向上した。
しかし、意思決定科学は、現在、完全無欠のプラグマティズムに向かってはいない。最適な選択を下そうにも、状況によって、また心理面においても数々の制約を受けることが次第に明らかとなってきたからだ。
サイモンは、複雑な状況、時間的制限、不十分な知的計算能力ゆえ、意思決定者は「限定合理性」(bounded rationality)を免れないと指摘する。ひるがえって、もれなく情報を収集できた時、初めて経済合理的に意思決定を下すことができる。
ところが、2002年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学教授のダニエル・カーネマンと故エイモス・トバスキーは、完全な情報を得た人間も経済的利益に反する意思決定を下すと指摘し、その要因を特定している。神経科学の第一人者であるアントニオ R. ダマジオは、脳に損傷を負った患者を観察し、感情を失うと合理的な意思決定が難しくなることを実証した。