データを活用する企業風土を作るには
「小さな成功」を積み重ねること
続いて登場したのは、デジタルガレージの執行役員CDOである渋谷直正氏だ。元々日本航空でアナリティクスやマーケティングを担当してきた人物であり、2019年4月に、CDOとしてデジタルガレージに入社した。

渋谷直正 執行役員CDO
渋谷氏は、パートナー企業とともにデジタルガレージが運営する、オープンイノベーション型の事業開発組織「DG Lab」に所属している。DG Labでは、新しい事業を始めようというチームを、データの専門家として支援し、一緒になって事業を作り上げることが主な仕事になる。
DG Labでは、メンバー同士の活発な議論がきっかけで共同開発が始まり、他社に提供する製品やサービスが出来上がることもあるという。実際、カード会社の決済履歴をクラスタリング分析していたエンジニアと、「食べログ」の口コミデータからユーザーの深層心理を抽出しようとテキスト分析に挑んでいたエンジニアが情報交換していた際、互いの研究内容をくっつけると面白いことになりそうだという話になり、「マーケティング・クラスタリング・ツール」という分析ツールの発想が生まれた。さらに、デジタルガレージの顧客企業にそのことを話したところ、その会社で使ってみたいということになり、現在はプロダクト化を進めているという。
このように、自由になんでもやってみようという社風のデジタルガレージだが、渋谷氏は自身の経験からデータを活用する企業風土を作るには、「小さな成功の積み重ね」が重要だという。上層部が専門組織を作ることは簡単にできるが、それでは企業文化、風土が根付かないとも語る。
小さな成功の積み重ねのきっかけとして渋谷氏が勧めるのが「A/Bテスト」と社内にすでにあるデータを活用して小さくモデルを作ってみることだ。前者に関しては「ロジックは明快で説得力があるが、正しい手法で実施しないと逆効果になる」、後者については「必ずしも高度なアルゴリズムを使う必要はない」とも付け加える。
実際にこんな事例があった。渋谷氏のチームが同社のマーケティング部門と話をしてみたところ、最初の3日間の数値を見て、7日後の結果を予測したいということになった。AIの予測モデルに適したデータであり、渋谷氏のチームもぜひやるべきだということになった。ところが実際にやって見ると、AIのアルゴリズムよりも簡単な線形回帰の方が誤差が小さく、実務に使えることが分かった。現場も単純明快で分かりやすいものを要望したため、Excel形式でそのモデルを提供したという。なんでも高度なAIを使えばいいというものではない。
渋谷氏は、小さな成功を積み重ねていけば、それが隣の部署に波及し、交流を重ねて大きくなっていくと語る。そして、機が熟したときにIT部門を入れてデータマート、データカタログ、分析ツールの「三種の神器」を入れると、組織が急成長し、予算も急拡大するとしている。
小さなチームでも、小さな成功を積み重ねていけば、いずれ大きな組織ができ、それに合わせるように、会社全体にデータを活用する文化が根付くと語る渋谷氏だが、最初は何事にも「良き相談相手になる」ことが大切だと語る。どのような部署でもやりたいことを抱えており、相談に乗って一緒に作り、小さな成功を支援していく。そうすることで、小さな成功が他部署にも波及し、文化を根付かせながら、同時に担当組織が大きくなっていくのだ。