操縦用マニュアルも
データベースですぐに検索
現在、JALとグループ会社を含めて2500人近いパイロットがiPadでCB-CTを活用している。CB-CTを使った訓練審査は年に4回実施され、約700の評価項目に関する膨大なデータが蓄積されている。

荻 政二氏
開発メンバーは、当初の和田氏1人から京谷氏、そして運航訓練審査企画部定期訓練室、ボーイング777機長の荻政二氏へと引き継がれ、少しずつ増えていった。いずれもパイロットと教官を兼務する運航現場のプロだが、FileMakerの使い方は公式テキストを参考にしながらすべて独学でマスターし、開発に従事している。
現場発のDXは、「言うは易く行うは難し」だが、アジャイル開発を可能にする使い勝手のいいツールをフル活用すれば、思いのほかハードルは低いのかもしれない。CB-CTの成功を受け、荻氏らはパイロットが使用する航空機の操縦マニュアルもFileMakerでデータベース化することにした。
「当社では、以前から操縦マニュアルをiPadで検索・閲覧できるシステムを採用していましたが、PDFファイルを表示する仕組みだったので、検索がヒットしにくく、網羅的に確認できないのが難点でした。そこでマニュアル文章にタグを付与してデータベース化し、必要な情報がすぐに呼び出せるようにしたいと考えました」(荻氏)
「OWLS」(アウルズ)と名付けられたこのシステムは、社内の操縦マニュアルなどのデータをXMLデータベース化し、そこからFileMakerサーバーに取り込み、JAL独自のキーワード検索やインデックス検索などで、情報が瞬時に呼び出せるようにしたものである。たとえば、パイロットがiPadを使って「離陸」「エンジン」といったタグを選択すると、タグ付けされたマニュアルの情報が一覧表示される仕組みになっている。
航空機の操縦では、状況の変化に応じて瞬時に判断し、適切な行動を取る必要がある。行動の遅れは、思わぬ事故の原因にもなりかねないのだから、迅速なマニュアル検索を可能にしたOWLSも、「安全確保」という航空会社としての最重要課題に対応したものだと言える。
前出の和田氏は、FileMakerの使いやすさはもちろんのこと、必要な情報を見やすく、わかりやすく表示できるUI(ユーザーインターフェース)デザインの柔軟さも高く評価している。
「航空機のコックピットは、パイロットが間違えることなく、かつ無駄のない自然な動きで操作できるようにレバーやボタン、計器などが設計・配置されています。つまり、マン・マシン(人間と機械をつなぐ)インターフェースに細かく配慮されているわけですが、FileMakerのUIにも共通するものがあります。その特性を生かして、ユーザーがストレスなく入力でき、必要なデータを確実に集めることができるUI設計に徹底してこだわりました」(和田氏)
今後は、FileMakerに蓄積した訓練データをAI(人工知能)に学習させて効果的な訓練シナリオをつくることや、パイロット以外の乗務員を対象とする訓練評価システムの開発なども検討しているという。
安全を追求する”現場発のDX”に終わりはない。
運転士、車掌に
1150台のiPadを配布
JALと同じく、運行業務を担う現場主導でアジャイル開発に挑んだのが、Osaka Metroである。
同社は2018年4月、大阪市交通局の民営化によって誕生。同じ年に鉄道事業本部運転部運転課では、地下鉄の運転士、車掌に計1150台のiPadを配布した。乗務中に異常が発生した際の状況確認や連絡、乗客への案内、乗務員としての知識向上などに使うことが導入の目的だった。

小林由和氏
「民営化とともに、輸送現場の安全確保への取り組みも大きく変わろうとしていることを、社内外に示したいと思いました。当初はICT部門に導入を支援してもらう予定でしたが、さまざまな事情から結局、自分たちでやることにしました」と振り返るのは、同課係長の小林由和氏である。
こうして端末は導入したが、問題はアプリの開発をどうするかであった。ICT部門に頼めないとなると、自分たちでつくるしかない。小林氏は開発用のプラットフォームに関する情報を集め、FileMakerの存在を知った。
「ローコードで簡単に開発できるプラットフォームであることに加え、FileMaker Goをダウンロードすれば、iPadで情報の確認や入力ができることが、採用の大きな決め手になりました。また、iPad導入を機にペーパーレス化を推進したいと考えていたのですが、これならすぐに実現できそうだと思いました」(小林氏)
Osaka Metroの乗務員は、運転取扱心得集や車両取扱マニュアルなど、さまざまなファイルの入った乗務員用カバンを常時携行している。ペーパーレス化してiPadで閲覧できるようにすれば、乗務員の負担はかなり軽減されるはずだと考えた。
同じ公共交通機関であるJALがFileMakerで操縦マニュアルをデータベース化したことを知ったのも、導入の決意を後押しした。
「安全確保」につながる
8種類のアプリを開発
実際に始めてみると、開発は想像以上にスピーディに進んだ。小林氏は、以前から別のデータベースを使っていたが、膨大なページ数の解説書を参照しながら、英語でスクリプトを組まなければならず骨の折れる作業だった。
その点、FileMakerは解説書を読まなくても直感的に操作でき、スクリプトを日本語で組むこともできる。そのうえ、スクリプト入力支援機能で非常にスピーディにアプリ開発できるのが、大きなメリットだと実感した。

矢田靖也氏
さらに、「組み上がったアプリの修正も非常に簡単で、『こんなふうに変えてほしい』という乗務員からの要望をすぐに反映できます。ほしい機能をアジャイルに追加できるのも大きな魅力だと思いました」と語るのは、同課の矢田靖也氏である。
矢田氏は小林氏とともにアプリ開発に携わっているが、実際の開発作業は主に小林氏が行い、矢田氏は乗務員からの問い合わせや要望に対応する態勢を取っている。
「小林に要望を伝えると、即座に修正してくれるので、アプリの使い勝手がどんどんよくなります。その分、煩雑な業務から解放されるのですから、乗務員にとっては非常にありがたいと思います」(矢田氏)
また、アルコールチェッカーなど外部接続が必要な難度の高いアプリ開発についてはClaris認定プラチナパートナーの寿商会に依頼している。自分たちで開発する場合も、ベンダーやClaris社からさまざまなサポートを受けられるのが安心だという。
鉄道事業本部運転部運転課がFileMakerを使って開発したアプリは、じつに8種類に上る。最初に開発したのは「始業点呼管理」と呼ばれるアプリで、以前は始業前に口頭で行っていた乗務員の持ち物チェックをiPad入力に切り換えた。
あらかじめ入力を済ませておけば、現場でのチェックを省略できるので、乗務員はその時間を他の業務に充てることができる。
さらに、日々の運行で感じたヒヤリハット(事故に発展したかもしれない出来事)を登録する「事故の芽管理」、事故や故障、異常事態が発生した際に画像を社内で共有する「画像共有」、乗務員のアルコール濃度を検出し、数値を入力する「アルコールチェックシステム」など、開発したアプリのすべてが、公共交通機関としての最重要事項である「安全確保」につながるものとなっている。
アプリの種類は今後も増やしていく予定であり、監督者の業務を効率化するためのアプリや、ペーパーレス化をさらに推進するアプリの開発などを計画している。
「運転士のマニュアルについても、iPadでPDFファイルを開く方式のペーパーレス化は実現していますが、いずれJALさんのようにデータベース化できないか検討しています。同じ公共交通機関として、アドバイスをいただけるとうれしいですね」と矢田氏。これに対して、JALの荻氏は「ぜひ情報交換の機会を持ちましょう」と応えた。
DX推進に向けて高まる
アジャイル開発の重要性
ユーザーの要求や課題、あるいはさまざまな環境の変化に応じて素早くシステムを提供し、使いながら改良を重ねていくアジャイル開発。DXがあらゆる企業の必須テーマとなる中で、その重要性はますます高まっているが、実現できている企業は少ない。
輸送の安全を担う現場が、その責任を果たすべく、自分たちでアジャイル開発に取り組み、DXを推進しているJALとOsaka Metroの事例は、多くの日本企業を勇気づけるものと言えるのではないだろうか。

Apple Japan, Inc. Claris法人営業本部
URL:https://www.claris.com/ja/