西井孝明社長 最高経営責任者のもと、パーパスドリブン経営へと大きく舵を切った味の素。日本における先駆者といえる同社は、なぜパーパス(存在意義)を原動力とする企業変革に踏み出したのか。そして、具体的にはどう進めているのか。
西井社長と、味の素社外取締役を務める一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏に、存分に語っていただいた。
志のない企業は、
3つの市場から閉め出される
――パーパス経営とは何か、なぜいまパーパス経営が重要なのか、改めて伺います。
名和 従来はプロフィット(利益)が企業経営の最大のテーマでしたが、プロフィットは結果にすぎません。プロフィットを生むのはパーパス(Purpose)であり、私は「志」と訳しています。どういうパーパスをもって企業は存在しているのかが、改めて問われているということです。パーパスとプロフィットは、いわば「論語と算盤」です。渋沢栄一は100年以上も前からその重要性を指摘していたことになります。
企業は3つの市場に対峙しています。1つは金融市場です。上場企業である以上、金融市場の関係者が何を考えているかを無視することはできません。世界で最も大きなファンド、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がいま一番意識しているのはESG(環境・社会・ガバナンス)であり、ESGの遵守は金融市場からの要請でもあります。
2つ目が商品市場です。デジタルネイティブ、サステナブルネイティブと言われるZ世代やα世代が台頭するなかで、日本でも今後、エシカル(倫理的)消費が広がっていくことが予想されます。地球にやさしい、あるいは健康にやさしい商品の供給を商品市場は要請しています。
そして3つ目が従業員市場です。少子高齢化が進むなかで、Z世代やα世代から優秀な人材を採用するには、サステナビリティに配慮していることは必須です。
パーパスをしっかり打ち出していないと、これら3つの市場から閉め出されてしまうというのが現在の状況です。
西井 私が社長に就任した2015年は、国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択され、日本ではコーポレートガバナンス・コードが公表されたり、GPIFが国連責任投資原則に署名したりするなど、経営にとって大きな転換点となりました。

西井孝明氏
サステナビリティというのはある意味、矛盾に富んだ目標です。特にSDGsについては、一つひとつの目標は正しいけれど、相互に関係し合って、より複雑になっています。このなかで経営の舵取りをするのは非常に大変なことであり、SDGsを超えた、高いパーパスで存在し得る企業であることを示していかないと、従業員や顧客、金融市場からの信頼を獲得することはますます難しくなっていきます。
――味の素では、パーパスの策定と経営戦略の融合をどのように行ってきたのですか。
西井 2年間にわたり40人弱の執行役員が合宿を繰り返し、「食と健康の課題解決」が味の素の存在意義であると定義しました。さらに2年かけて、それをグループビジョン「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」に落とし込んでいきました。
そして、パーパスやビジョンを腹落ちして理解してもらうために、従業員との対話を重ねました。そこで多く聞かれたのが、「食と健康の課題解決」という志には賛同するけれど、プロフィットの部分はどうするのか、という声です。つまり、論語と算盤をどう両立させるか、です。論語と算盤は一見、二律背反の関係にありますが、両者を融合させたときにイノベーションが起こるということを、従業員に熱意をもって訴えました。
当社で行ったエンゲージメントサーベイによると、ビジョン実現のために自分は貢献できていると実感している従業員は64%です。まだ道半ばといったところですが、さらに対話を重ねながら、ビジョンを自分事化した従業員を1人でも多く増やしていきたいと考えています。
名和 対話によってビジョンの浸透を図るには時間がかかりますが、絶対に飛ばしてはいけない重要なプロセスです。味の素はまだ途上かもしれませんが、丹念にやり切ることで、今後の結果は大きく変わるはずです。
日本企業の強みは現場にあります。そこに重心を置き、対話を通じて、従業員1人ひとりに当事者意識を持ってもらうことは非常に大事です。そのためには、会社の大きなゴールとそのなかでの自分の役割、それが自分にとって正しいと思えるか、自分がやりたいと思えるかといったポイントについてわかりやすく伝え、咀嚼してもらう時間が必要だと思います。