無形資産を数字や指標で見える化し、
共通言語にする
――パーパスを実現するエンジンを回していくうえで、どういったKPI(重要業績評価指標)を重視すべきでしょうか。
名和 非財務指標という言葉がありますが、私は「非」ではなく「未」とすべきだと言っています。まだ形になっていないけれども、いずれ財務指標になるのが「未財務指標」です。たとえばそれは無形資産であり、代表的なものに人財資産と顧客資産があります。
味の素は、人財資産については従業員エンゲージメントサーベイを行っていますし、顧客資産についてはブランド強度指数を測っています。これら2つのKPIは、いま投資をしていて、将来、価値に変わっていくという意味で、重要な「未財務指標」と言えます。
金融資産や物的資産などの有形資産は、投資したり、売ったりするのは割と簡単にできるのですが、無形資産は形がないので、デジタルを使わないと見える化できません。この無形資産は使えば使うほど価値が高まりますし、ここに投資をすることで、時間はかかりますが自社の将来を強くすることができます。
西井 日本企業には日本人男性の経営者や幹部が多く、モノカルチャーです。自分たちだけでわかったような気になっていても、従業員や社外のステークホルダーにはまったく理解されていないということが往々にして起こりがちです。ですから、数字にできるものはできる限り数字にして、共通言語化していく必要があります。
たとえば、食品メーカーにとって大事なのは商品の単位量当たりのユニットプライスです。なかでも重要なのが、お客様が本当にお金を払って買っていただくときの「購入単価」です。これが顧客資産の価値を表す最も適切な数字だと思います。つまり、単価が上がり続けているということは、お客様が商品に価値を見出し、実際にお金を払ってくださっているということだからです。
そのように無形資産を数字や指標を使ってできるだけ見える化し、「より良くなったね」と共感しながら進めていくと、従業員も腹落ちしやすいですし、パーパス経営の実現につながると考えています。
――パーパス経営に取り組みたいと考えている経営者は、何から始めればいいでしょうか。
名和 志すことが大事ですから、「志は何か」とみずからに問いただすことです。1つの答えは、創業の精神にあります。ただ、そのままでは懐古主義に終わってしまうので、思いを現在、そして未来に飛ばします。MTP(Massive Transformative Purpose)という言葉があります。巨大で変革的なパーパスという意味ですが、創業の思いを50年先まで飛ばしてみて、どこまで行くのかを想像することが志だと思います。
私は、志には3つの要素が必要だと言っています。「わくわく」するかどうか、自分たち「ならでは」かどうか、そして「できる」と思えるかどうか。最初の2つがあれば、「できる」と思えてきます。ですから、みんなが「わくわく」「ならでは」と思えるような、大きな志をまず描いてください。
西井 「食と健康の課題解決企業」というパーパスは、いまから100年以上前の味の素の創業の志(*)と相通ずるものがあります。これを現在的な価値や表現に置き換えたのが、いまのグループビジョンです。創業の志に紐づいたパーパスを実現しようとして、たとえうまくいかないことがあったとしても、従業員は納得し、次につながるのではないでしょうか。
どんなに歴史が短い会社も創業の志は持っていらっしゃると思います。むしろベンチャー企業のほうが明確な志があるかもしれません。その気持ちを忘れないで、イノベーション創出に果敢に挑んでほしいと思います。
――ありがとうございました。