スキルミックス獲得の選択肢は、
「買う」「作る」「借りる」「自動化する」
グラットン 日本企業が経験しているビジネス環境の変化、つまりグローバル化、デジタル化、少子高齢化といったメガトレンドは、世界中のあらゆる企業が同様に経験しているものです。
こうした環境変化に対応するために、企業は新しいスキルミックスを必要としています。たとえばデジタルトランスフォーメーションを実現するためには、デジタルスキルを持った人材が必要ですし、少子高齢化社会のニーズに応えるためには高齢者が望む製品やサービスを開発したり、提供したりできる人材が必要になります。

ロンドン・ビジネススクール教授
マネジメントプラクティスを担当。働き方の未来に関するリサーチコンサルティング会社HSMの創設者。最新の著書はアンドリュー・スコットとの共著The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World, Bloomsbury Publishing, 2020.(未訳)。近著にThe Shift,HarperCollins Pub Ltd, 2011.(邦訳『ワーク・シフト』プレジデント社、2012年)
(撮影:後藤武浩)
組織として新しいスキルミックスを獲得するには、4つの選択肢があります。1つめは、新しいスキルをマーケットから「買う」こと。2つめは、新しいスキルを社内で「作る」こと。3つめは、外部の人のスキルを「借りる」こと。そして、4つめは、AIやロボットなどのテクノロジーを活用することで、仕事を「自動化する」ことです。私が知っている複数の企業は、これら4つの選択肢をすべて活用しています。
白井 マーケットから「買う」、つまり人材を入れ替えるためには、雇用の流動性が高く、オープンな労働市場が存在していることが前提となりますね。ですから、日本では「買う」という選択肢の効果はおのずと限られます。
グラットン オープンな労働市場が存在しているほうが「買う」という選択肢を取りやすいことは確かです。しかし、新しいスキルを持った人材には限りがありますので、欧米やオーストラリア、あるいはシンガポールなどアジアの国々においても、大企業は「買う」だけでは十分な人材を揃えることはできないでしょう。
白井 だから、社内で新たなスキルを「作る」、すなわち、リスキリング・アップスキリングが必要になります。
グラットン その通りです。環境変化にうまく対応しつつある企業は、大規模な人材育成投資により、社内人材のアップスキリングとリスキリングを進めています。
ちなみに、アップスキリングとリスキリングには明確な違いがあります。アップスキリングとは、いまの仕事を変えず、できる仕事の量を増やしたり、質を高めたりすること。つまり、生産性を向上させるということです。
一方、リスキリングは、いまとはまったく別の仕事ができるように新たなスキルを身につけることです。
白井 典型的なのがデジタル技術の習得ですね。私が以前から懸念しているのは、日本では人材育成投資、つまり、企業が従業員の教育や研修にかける投資額が長期低落傾向にあることです。
日本は先輩が実際の業務を通じて後輩に仕事を教えるOJTが盛んで、仕事を離れて集中的に学ぶOff-JTが中心の国々と単純比較できない面がありますが、少なくともOJTを除く人材育成投資額の対GDP比率は主要先進国で最低水準となっています。これも雇用システムと並んで、日本企業の生産性や成長率に大きな影響を与えているファクターの一つです。
グラットン 私も日本政府の諮問会議に参加した時に、日本の人材育成投資額の低さを示すデータを見たことがあります。
社内での人材育成について言うと、eラーニングプラットフォームの活用・整備は欧米のほうが進んでいると思います。その要因は、投資額の差というよりも、学習コンテンツの充実度の差にあるのかもしれません。
私はオーストラリアの大手銀行のeラーニングプラットフォームを詳細に調べたことがありますが、学習コンテンツのうち自社で開発したものはごく一部で、多くは世界各国から集めたものでした。特に英語圏の場合は、学習コンテンツの充実を図るという点で有利なことは間違いないと思います。
白井 日本の企業研修は、階層別研修に集中しています。新卒で入社した時や管理職になった時に、全社共通のプログラムを受けるというのが主な形式で、個人が自律性・自発性を発揮する余地がありません。その意味で欧米多国籍企業ではよく見られる、個人の意思で学習コンテンツを選択できるeラーニングプラットフォームの整備は重要だと思います。
日本でも新型コロナのパンデミック以降は、eラーニングプラットフォームを活用する企業が増えています。既存のeラーニングプラットフォームを活用すれば大規模な初期投資は必要ありませんが、おっしゃる通りコンテンツをいかに充実させるかが課題になります。海外で作成された学習コンテンツをすぐに活用するためにも、日本では英語運用スキルの向上を急ぐ必要があります。
グラットン 欧米ではスキルを「借りる」企業も増えています。請負契約で専門スキルを提供する非正規雇用の労働者が増えているからです。企業と専門人材をマッチングするプラットフォームも確実に増加しています。
日本でも非正規雇用が増えているそうですが、スキルを「借りる」企業は増えていますか。
白井 徐々にではありますが、フリーランスとして働く専門人材は日本でも増えています。ただ、非正規雇用が増えている大きな理由は、正規雇用として働きたくても企業が正社員を増やさないからです。
それは、メンバーシップ型雇用の中で企業は多くの中高年層を抱えており、新規採用を増やせないという背景があります。法制度や雇用慣行上、簡単に退職勧奨できませんし、労働市場の流動性が低いので、退職勧奨に応じた人が再就職するのも容易ではありません。
グラットン ヨーロッパでもイギリスと違って、ドイツやフランスなどでは退職勧奨や解雇は簡単にはできません。そうした国々では、リスキリング・アップスキリングによって、新たなスキルミックスを「作る」ことがより重要です。
日本でもリスキリング・アップスキリングした中高年層が増えれば、労働市場の流動性が高まるのではないでしょうか。
そして、4つめの選択肢である「自動化」の分野について言えば、生産現場などでのロボット活用で日本は世界をリードしています。ですから、日本の自動化については、世界の国々が関心を寄せています。