おっしゃる通りだと思います。クリエイティビティとは何かを定義するのはなかなか難しい問題で、目新しいものなら何にも創造性があるといえるかというと、それは違うと思います。私なりの結論は、専門的な知識に基づいているか、そしてコンテキストに基づいて生み出されているかが、創造的なものとそうでないものの違いだということです。

 ピカソの話を聞いて思い出したのは、ダダイズムです。ダダイズムから生まれたアート技法にカットアップと呼ばれるものがありますが、紙に印刷された文章や小説を切り刻んで断片化し、それを並べ替えて再構成するというもので、音楽の分野ではデヴィッド・ボウイがこの技法を使って曲をつくったことがよく知られています。

*第一次大戦中から戦後にかけて欧米で興った前衛的な芸術運動・思想。

 カットアップはただでたらめに並べ替えたり、再結合したりしているわけではなくて、戦争をやってきた社会とか、大量生産に向かう経済とか、既成の体制や価値観へのアンチテーゼとして生まれたダダイズムが持つコンテキストへの共感とか、専門的知識がないと使いこなせない技法だし、そこから生まれたアートを理解できない。

 社会の大きな流れを感じ取って問題を設定する、新たなコンテキストをつくり出したり、それに共感したりするのは人間のやることで、問題が定義されて、専門的知識などのデータが整備されればそこでAIが役に立つ。そんなふうに人間とAIがコラボレーションしながら、ヒューマン・イン・ザ・ループをつくっていくのが未来の働き方なんだろうと平野さんのお話を聞きながら思いました。

 シナモンAIでは今後、どんなことに挑戦しようと考えていますか。

平野 私たちがやっていることは、AIによる成長戦略でパーパスを実現することです。ただ、これをやろうとすると、どうしても経路依存性(制度や仕組みが過去の経緯や歴史に縛られること)の問題が出てきます。大きくて歴史のある組織ほど経路依存性が強く、「こういう未来像を描けたらいいね」と誰かが思っても、最初の一歩が踏み出せなかったり、一歩を踏み出してもすぐ壁に突き当たったりします。

 伝統的な大企業でよく聞かれる話ですね。

経路依存性を脱するために、心理的安全性を高める

平野 まだ仮説ベースで考えていることなのですが、組織自体を変えていかないといけないと思っています。経路依存性の強い組織とは、心理的安全性が低い組織とほぼイコールだと考えていて、そうした組織では、言いたいことを言えず、本来の自分を出せなくなってしまい、結果的に意味のあることよりも、役に立つことをみんながやりがちです。

 そこで当社が使い始めたのが、オンラインでいろいろな質問に答えていくと人の強みがわかるというツールで、それによって一人ひとりの得意なところを明らかにしたうえで、お互いにそれを認め合うワークショップを開いています。これを繰り返すことで組織の心理的安全性が高まり、経路依存性からも解放されるというのが私の仮説で、効果がはっきりしたらお客様にも導入できるんじゃないかと思っています。

 たしかに経路依存性の問題は大きくて、たとえば、ある意思決定プロセスにおいてAIを導入する時に、99%の精度を出すと、「そんなに高い精度は必要ない」と言われることがあります。精度が高すぎると人の仕事がなくなるから、意思決定や業務のプロセスを変えないといけなくなるからです。

 しかし、本来ならあるプロセスで人がやるべきことがなくなったら、別の仕事、もっと意味のある仕事をやればいいし、そのためにプロセスを変えればいいだけの話です。つまり、高いパフォーマンスは必要ないというのはAIの可能性の否定であると同時に、人の可能性を否定していることでもある。

 人の得意なところや強みを見い出して、それを伸ばしていける組織は、AIをうまく使える組織だといえるかもしれません。

 最後に読者に対してメッセージをお願いします。

平野 私たちもまだチャレンジしているところですが、難しいのはビッグピクチャーさえ描けば、みんながそれに向かって邁進するわけではないということです。ミドルマネジメントや現場の人たちの存在や仕事が、ビッグピクチャーにつながっていることを腹落ちさせることがものすごく大事だと思っています。

 有名な逸話ですが、米国がアポロ計画でムーンショット(人類の月面着陸)というビッグピクチャーを描いていた頃、NASA(米国航空宇宙局)を訪ねた大統領が、忙しく働いている清掃スタッフに「大変ですね」とねぎらいの声をかけたら、「全然大変じゃありません。だって、私は人類を月に送るお手伝いをしているんですから」と返ってきたそうです。ビッグピクチャーと自分がやっている仕事が完全につながっていて、その人が自分の仕事に意味を見い出している状態だったのです。

 そういった状況を皆さんの会社でつくれるとしたら、社員が一丸となって、なりたい未来像、パーパスに向かっていくことができると思います。

 企業は単なる生産機構、ある種のストラクチャーから脱して、有機体に変わっていく必要があると私は考えています。働き手である社員一人ひとりが、パーパスとかビッグピクチャーによって有機的につながり、得意分野を活かしながら連動している。そういう組織に変わっていくことができれば、人もAIも活かせる企業になれるのではないでしょうか。