独自の提供価値を“究極まで飛ばす”と、
目指すべき未来が見えてくる

 大企業とスタートアップがパーパスで共感し合い、協業が深まるケースも増えていると思いますか。

平野未来
シナモンAI 代表取締役社長CEO

東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリングなどの研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。スマートフォンとガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。2012年シンガポールでスマホアプリ開発のスパイシーシナモンを起業、2016年シナモンAIを設立し、現職。2021年、内閣府経済財政諮問会議専門委員、新しい資本主義会議 有識者構成員に就任。

平野 多くの大企業にとって「スタートアップに関心はありません」という時代が長らく続いて、その後、一部の業務や機能でスタートアップと組む動きが出てきました。最近は、お互いが同じ未来を高い臨場感や解像度で共有し、協業が広がるケースも徐々に増えています。

 シナモンAIは2021年6月、機械工具卸売商社のトラスコ中山さんと資本業務提携させていただきました。同社はこれまで「お客様の必要な時に、必要なものを、必要なだけ」をスローガンに物流の最適化を目指していましたが、いまは「ベストなものが、もうそこにある」という、新流通プラットフォームの創造を目指しています。お客様の潜在的ニーズを先回りして提案し、お客様がほしいと思った時にはすぐに届くという世界観です。さらに同社はエンドユーザーの情報をメーカーに還元して、ベストなものをメーカーと一緒につくっていく、そんな未来を描いています。

 実は、同社がそういうビジョンを描くプロセスに私たちも参加させていただいて、デジタルの力を使ってどういう未来をつくれるのかといった議論を一緒に積み重ねました。新しい未来像をつくる段階から、スタートアップが参加するというのが、今後のオープンイノベーションの一つのあり方ではないかと思います。

 本業と関係ないところで、試験的にスタートアップと組んでみるというアプローチでは、新しいものを共創したり、ビジネスに大きなインパクトがあるものを生み出したりすることはできません。

 大切なことは、自社のビジネスをどう変えていくのかという本質に踏み込んで、未来像を具体的に描いたうえで、変革のために足りない部分をスタートアップと組むことでつくり上げていく。そうなった時に初めて、スタートアップとのコラボレーションが変革のエンジンになるのだと思います。

 表面的な取り組みではなく、自社を変えるためのパートナーとして位置付けたうえで協業しないと、失敗に終わる可能性が高いと思います。

平野 企業からお声掛けいただいた時、その企業とうまく協業できるかどうかは、最初のミーティングでだいたいわかります。

 その企業のホームページを見たり、同業他社と比較したりすると、ユニークなポイントが徐々に浮かび上がってきます。それを“究極まで飛ばす”と「こういう世界になるよね」という未来像が見えてきます。私はそれを勝手に描いて、最初のミーティングでお話しさせていただきます。企業によって面白がったり、関心を示してくださったりするケースと、そうじゃないケースがありますが、前者のほうが協業はうまくいきますね。

 それは面白いですね。企業が長期ビジョンを描くうえで参考になりそうです。 “究極まで飛ばす”ための、平野さんなりの方法論はあるのですか。

平野 最初に、その会社のユニーク・バリュー・プロポジション(独自の提供価値)を考えます。お客様がその会社の商品・サービスを買うユニークな理由です。そのうえで、それを端的に表すKPI(重要業績評価指標)が何かを考えます。ここで言うKPIは、売上げや利益などではなく、お客様にとってのKPIです。

 たとえば、フードデリバリーを考えた時に、お客様にとってのKPIは何かというと、一つは注文してから商品が届くまでの時間です。通常は最短でも30分程度かかりますが、これを“究極まで飛ばす”と、1分で届くみたいな世界観になるわけです。それをデジタルやAIなどのテクノロジーを使って、ないしはビジネスモデルを変革して実現することができるかどうかを議論していきます。

 あるいは、豊富な商品ラインアップにユニークさがある保険会社だとしたら、現状で数十種類の保険商品を5000種類に増やせばどうなるか。ニッチなニーズだけれども、その商品があることによって本当に安心できるお客様をいっきに増やせるかもしれません。つまり、ユニークな価値を見つけて、お客様にとってのKPIを究極まで飛ばす、というのが方法論です。

 それは言葉を変えると、企業が提供している顧客体験価値は何かを見極めて、その体験価値を究極まで高めるとどうなるかを思い描くということですね。そういう究極の顧客体験価値は自分たちだけでは実現できないでしょうから、どこと組めばいいのか、ビジネスモデルをどう変えるかという議論に自然と発展していく。

 “究極まで飛ばす”ことがある種の自己否定となり、その先に成長の道筋が見えてくるということでしょうね。