
世界では、よりよい未来への「グレート・リセット」に対する期待が高まっていたが、未来への道は一直線ではなく、さまざまな地政学・地経学的要因によって紆余曲折しながら漸進していくものだという現実を、我々はいまあらためて思い知らされている。
このような構造的、長期的な次世代への転換過程を船橋洋一氏は「グレート・トランジション」ととらえるべきだとする。この30年スパンの大きな過渡期を乗り切るために、我々は「不都合な真実」を含む現実とどう向き合い、みずからの立ち位置を定めるべきなのか。
モニター デロイト インスティテュート リーダーの邉見伸弘氏が、船橋氏と議論を交わした。
グレート・リセットからグレート・トランジション

船橋洋一氏
朝日新聞社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年から2010年12月まで朝日新聞社主筆。2011年に一般財団法人日本再建イニシアティブ、2017年に同アジア・パシフィック・イニシアティブを設立し、現職。近著に『フクシマ戦記―10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋、2021年)、『地経学とは何か』(文春新書、2020年)、『シンクタンクとは何か政策起業力の時代』(中公新書、2019年)など。
邉見 2021年はグレート・リセットが大きなキーワードとなりましたが、2022年はコロナ後あるいはウィズコロナを見据えた社会に、現実としてどう向き合うかが問われています。
2021年まではリセットボタンを押して新しい世界がやってくるという期待があったかもしれませんが、一夜にして何かが変わるということは残念ながらなかった。
たとえば、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)での国際協調は、足並みが必ずしも揃いませんでした。グリーン幻想の代償ともいうべきか、景気回復後は、Shortage Economy(足りない経済)にも直面しています。また、2021年12月のインド・モディ首相とロシア・プーチン大統領の電撃外交は、QUAD(クアッド:日、米、オーストラリア、インドの連携枠組み)が一筋縄ではいかないことを明らかにしました。
ある種むき出しのハイテク覇権競争、資源争奪戦が再燃していることを見ても、通貨のみならず経済外交がWar by other means(他の手段による戦争)になっているととらえることもできます。
このような国際情勢の変化を踏まえると、単に不確実性と叫び右往左往するのではなく、地政学・地経学、歴史観に立ち返って物事をとらえ直す必要性が高まっていることは間違いなく、「いま」「ここ」だけを見ていると、迷走につながりかねません。

邉見伸弘氏
モニターデロイトインスティテュートリーダー。モニターデロイトおよびデロイトトーマツコンサルティングのチーフストラテジストおよび執行役員/パートナー。世界経済フォーラムフェローやハーバード大学研究員などを歴任。Deloitte Global Economist Councilメンバー。国際協力銀行(JBIC)、米系戦略コンサルティングファームを経て現職。シナリオおよびビジョン策定、業界横断、クロスボーダーの戦略策定支援をリード。著書『チャイナ・アセアンの衝撃日本人だけが知らない巨大経済圏の真実』(日経BP、2021年)のほか執筆・講演多数。米ハーバード・ビジネス・スクール(AMP)、ESCP(MBA)、慶應義塾大学卒。
船橋 ご指摘の通り目の前で起こっている変化だけではなく、長期化、構造化している変化を地政学・地経学的にとらえる必要があります。
たとえば、脱炭素化が典型例ですが、リセットボタンを押せばすべてをグリーンエネルギーに切り換えられるほど単純な問題ではありません。ですから、グレート・リセットではなく、グレート・トランジション、大きな過渡期ととらえるべきです。
2050年のカーボンニュートラル目標まで約30年ありますが、IEA(国際エネルギー機関)はその時点でも世界全体では2020年比で天然ガスを2分の1、石油を4分の1使っていると予測しています。構造的には再生可能エネルギーへの移行が進みますが、我々は当分の間、化石燃料を使っていかざるをえないのです。
目の前で起こっているのは、化石燃料を使った事業を手がけている企業からのダイベストメント(投資撤退)ですが、あまり急速にこれを進めてしまうとエネルギー危機が起こります。
すでにその兆候は表れています。欧州では2021年の年末にかけて天然ガスの価格が高騰し、記録的な値をつけました。欧州は近年、石炭火力発電所の廃止を進め、風力発電への依存度を高めてきましたが、天候要因で風力発電が不足し、それを補うために天然ガスの需要が急増したことが要因です。
同じように、環境対策として石炭火力発電を抑制した中国では、深刻な電力不足が生じました。
こうした危うさをはらみながら、長期的にグリーンエネルギーへの転換が進む。それがグレート・トランジションの現実です。
欧州委員会は2022年に入って、原子力や天然ガスを「EUタクソノミー」(持続可能な経済活動を分類する制度)に含める方向で検討を開始しましたが、これは風力一本槍ではカーボンニュートラルは達成できないという現実を見据えたものです。