経済安保は現実思考で攻めて、育てることも必要

邉見 経済安全保障は重要な概念ですが、具体論に落とし込むと、いま一つ理解されていないように見受けられます。

 企業では専門部署を創設したものの、何をすればいいのか困っているという声を聞きます。米中の対立が深まる中で、米国につくのか、中国につくのか、あるいはダンマリを決め込むのか、何を判断軸にするのか迷走している部分もあるようです。

 中国以外に海外製造拠点を置くチャイナプラスワンという言葉も企業関係者からよく聞きますが、たとえばベトナムの経済規模(名目GDP)は中国広東省の5分の1以下しかありません。インドネシアやタイという選択肢もあるでしょうが、両国とも港湾キャパシティはいっぱいです。

 経済安保の議論は、半導体など一部の戦略的物資に関し、重要技術をどう保持するかという点から始まりましたが、企業サイドでは過度に反応し、萎縮しているようにも見えます。これでは本来、経済権益を守り、増やしていくための経済安保が、理念先行で現実の権益を失うことにもなりかねません。

 さらに言えば、過剰反応によって保護主義に走りかねない。中国では、猛烈な競争の末に、勝った企業が世界に出てきているという側面もあり、必ずしも国家資本主義だけではありません。大競争によるたくましさを見過ごすと、勝負のポイントを外してしまいます。

 刻々と変化する情勢を適切に織り込みつつも、不都合な真実も含め「現実思考」に立脚し、「シナリオ」を用意しておくことが、いまほど求められているタイミングはないと思います。

船橋 日本の経済安保については、二重の問題があります。一つは、守るだけでなく、攻める、育てるということを同時に行わなくてはいけない。

 もう一つは、日米同盟に引きずられて経済安保政策も米国の枠組みに沿う形で議論されていることです。日米同盟はもちろん重要だけれども、経済の面で日本にとって何か一番のリスクなのか、自分自身の問題として追求しなければならない経済安保とは何か、それを根本からきちんと組み立てなければいけません。

 その一つが海運と造船ですが、この問題がほとんど議論されていません。日本の貿易量の99.6%(重量基準)は海運が担っており、航空輸送は0.4%だけです。ですから、海運なしに日本は生きていけないのですが、高付加価値船種の代表である液化天然ガス(LNG)運搬船では、韓国の造船業界が受注量の90%超を押さえる寡占状態です。10年、20年後には中国の造船業が韓国に代わっているでしょう。

 こうした問題一つ取っても、日本の経済安保の脆弱性は高く、全体を俯瞰しながら独自の政策を構築していく必要があります。

米中対立は一過性ではなく30年は続くと見るべき

邉見 シンガポールの独立系シンクタンクであるISEASユソフ・イシャク研究所が、東南アジアの産官学関係者を対象に実施した調査によれば、安全保障リスクという観点では、政治・経済の両面で中国がトップの影響力を持ち、政治では約7割、経済では9割が脅威と感じているとしています。

 同じ調査で、信頼できる国としては日本が筆頭に挙げられているものの、米中のバランスを取りつつ、権益を保持するというASEANの巧みな経済外交姿勢が反映された結果であるように思えます。

 実際、経済や貿易、投資においてASEANは中国との連携を深めています。この15年間で貿易は2.5倍に増え、コロナ禍で「中‒ASEAN」双方は最大のパートナーとなりました。今後15年で現在より3倍以上増加するという試算もあります。また、欧州も中国に対しては人権問題では非難するものの、貿易や投資を見る限りコロナ禍においても取引は増加しています。

 すなわち、世界で起こっているしたたかな経済外交や国際秩序の再編に、日本は置き去りにされた状態にあるのではないでしょうか。

船橋 経済が持つ外交パワーはますます強大化しており、これも長期化、構造化しています。

 米中対立にしても一過性のものではなく、30年ぐらいのレンジで続くと見たほうがいいでしょう。中国は今後10~15年は経済パワーで押してくるでしょうから、米中との経済依存関係が深い日本は、大きな地経学的リスクにさらされることになります。

 米国の対中貿易・投資の法令を遵守しようとすれば中国の法令に違反することになり、逆に中国の法令を守れば米国に叩かれるという二重のリスクを負う可能性があります。米中が完全にデカップリングすれば、日本はそうした二重のリスクを避けられますが、完全にデカップリングすることはなく、グレーゾーンの関係が長期化、構造化すると見ておいたほうがいい。

 米国のバイデン政権は、中国との関係について「競争的共存」という言い方をしています。競争しながら共存するという意味ですが、内実は競争しなければ中国に支配されるだけで、共存はできない、だからよりうまく競争するということです。

 したがって、中国との問題を解決するというより、いかに競争の条件を整備し、制御するか。これは終点がはっきりしないプロセスでしかない、つまり大きな過渡期です。その意味で、グリーンエネルギーへの転換と同じグレート・トランジションなのです。

 世界がそういうレアルポリテークの時代に入っていくことを認識しないと、日本は置き去りにされるリスクが高まります。