ステークホルダー資本主義への転換という世界的な潮流を受け、長期的視点で経済価値と環境・社会価値を両立させる経営の必要性が議論されている。だが、議論から実践のステージへと移った企業はまだ少ない。ESG(環境、社会、ガバナンス)およびサステナビリティのコンサルティングサービスの分野で世界的なリーダーと評価されている*EYの牛島慶一氏と尾山耕一氏に、事業活動を通じた長期的価値創出に向けた変革プロセスについて聞いた。
*独立調査会社Verdantixがまとめたレポート「Green Quadrant:ESG&Sustainability Consulting 2022」による。

社会価値を多角的にとらえ
事業活動と両立させる
──サステナビリティやSDGs(持続可能な開発目標)をめぐる昨今の国内外の動向について、どのようにご覧になっていますか。
牛島 大きな流れの一つは、メインプレーヤーの変遷です。かつてCOP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)での主なプレーヤーはアカデミアやNGOでしたが、2005年にゼネラル・エレクトリックがエコロジーとエコノミーを両立させる「エコマジネーション」という新戦略を掲げてからは、環境対応を新たな機会ととらえる企業が急速に増え、メインプレーヤーに加わりました。
そして、2015年のCOP21でパリ協定が採択されたことを契機に、ESG投資の流れがいっきに加速し、投資家がメインプレーヤーに躍り出ました。これによって、サステナビリティやSDGsは社会課題であると同時に経済の問題でもあることを国際社会が広く認識するようになり、企業にとってその対応はCSR(企業の社会的責任)部門のアジェンダから、経営のアジェンダへと切り替わりました。
もう一つの大きな流れとして見逃せないのは、議論の集約です。CSV(共通価値の創造)はアカデミア、SDGsは国際機関、ESGは投資家、そしてステークホルダー資本主義は経営者が主体となって議論されてきましたが、昨今はこれが一つに集約されつつあります。多様な主体が共通の目的の下に密接に連携し始めているのです。
こうした流れを大局的にとらえれば、企業としてのパーパス(存在意義)とは何か、そしてなすべきことは何かが、おのずと見えてくるはずです。
尾山 サステナビリティに関する社会の動きが加速する中、ステークホルダーからの期待の変化に気づく経営者が増え、それによって、経営戦略にサステナビリティを織り込むことが一般化しつつあります。
ただ、そこで注意すべき点が2つあります。1点目は、求められているのは単なる制度対応ではなく、ガバナンスや事業活動などを含めた経営自体の変革であるということです。
たとえば、2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、2022年4月以降、東京証券取引所プライム市場の上場企業は、気候変動がもたらすリスクと機会に関してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、またはそれと同等の枠組みに基づく開示を求められるようになりました。コストをかけてまで、こうした開示義務に対応することに懐疑的な企業がまだあります。
ステークホルダーから求められているのは経営の変革によって機会を最大化、リスクを最小化し、企業が生み出す経済価値と社会価値を持続的に向上させていくことです。その認識があれば、開示対応は現状を把握するための出発点にすぎず、それをクリアしなければ経済と社会の持続的成長を成し遂げることはできないことを理解できるはずです。
2点目は、企業が取り組むべきアジェンダは一つではないということです。企業は、気候変動だけでなく生物多様性への対応も求められるようになります。2021年には複数の国際機関が設立母体となってTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が発足、2022年からTNFDのフレームワークに基づいた開示が試験的に始まります。そのほかにも、資源循環や人権保護など社会価値を多角的にとらえ、事業活動と両立させることが企業にとって経営の大前提になっているのです。