「ポスト炭素経営」に向けた
4つの基本方針
──気候変動対策は環境・社会価値に直結する最重要テーマであり、企業の長期的価値を左右する重要な経営アジェンダとなっています。脱炭素経営に向け、どのような変革アプローチを取っていくべきでしょうか。
尾山 パリ協定では世界の気温上昇を産業革命前と比べて「2℃」未満に抑えることを目標としましたが、現在は「1.5℃」未満が国際的なコンセンサスとなってきました。日本政府は2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)を政策目標に掲げましたが、1.5℃目標に向けて企業はカーボンネガティブ(温室効果ガス排出量を吸収量が上回る状態)を見据えた経営の変革を行っていく必要があります。
これは、いまの新入社員が定年を迎えるさらに先までの時間軸で企業の存続・成長戦略を描かなくてはならないことを意味し、経営者には「50年経営」の思想で長期的価値を創造していくことが求められます。
それを前提としたうえで、化石燃料を採掘・消費して炭素を排出することで経済価値を創出する「炭素経営」から、脱炭素によって環境・社会価値と経済価値をトレードオンにする「ポスト炭素経営」へと変革していくためには、以下の4つの方針に基づいた戦略を実行すべきです。

SDGsカーボンニュートラル支援オフィス メンバー
尾山耕一氏KOICHI OYAMA
1つ目は、「自社と社会の脱炭素をリードする」。気候変動は地球全体の問題ですから、自社の枠を超えてサプライチェーン全体でカーボンニュートラル化を実現する、そのためにステークホルダーの脱炭素化も後押ししていく。そうした変革のリーダーとなることが重要です。
2つ目は、「社会・顧客の意識を変革する」。現状では、脱炭素対応はいずれの産業においてもコストアップ要因となります。また、脱炭素化に向けてはさらなるイノベーション投資が欠かせません。そうした中で投資コストを回収していくには、脱炭素化した製品・サービスを顧客に受け入れてもらう必要があり、企業は社会や消費者の意識変革を先導していくことが求められます。
3つ目は、「不確実な未来に備える」。脱炭素はまだ誰も経験したことがない、そして先の長い道のりであり、その行く手には常に不確実性が伴います。たとえば欧州委員会は、2月に公表した「EUタクソノミー」(持続可能な経済活動の分類体系)の最終案に、一定の条件付きながら天然ガスおよび原子力発電を含めました。これには、EU加盟国や投資家の一部から反発の声が上がっていますが、脱炭素化に向けては科学的・技術的要素だけでなく、経済的・政治的な利害調整もからんでくるだけに今後も紆余曲折が予想されます。企業は一つのプランに固執することなく、複数のシナリオ分析に基づいてプランB、プランCを用意し、不確実な状況変化に対応する必要があります。
そして4つ目は、「長期的な原資を確保する」。気候変動アジェンダは早期に解決されるものではなく、産業・企業によっては抜本的な経営資源の再編成が求められます。したがって企業は、脱炭素化を実現するための長期かつ大規模な取り組みに対する原資を金融市場から確保する必要があります。
これら4つの基本方針に基づいて戦略を策定し、事業活動・サステナビリティ活動を一体的に展開、その成果を測定・可視化して戦略の軌道修正を行うといったPDCAサイクルを着実に推進していくためには、ガバナンス体制の構築も不可欠です。ポスト炭素経営は、このような包括的な変革アプローチによって実現されるものであり、それは生物多様性の保護や資源循環など、そのほかのサステナビリティアジェンダにおいても同様です。
EYにおいても、2025年までのネットゼロ(実質ゼロ)を目指し、2021年にはカーボンネガティブを実現。同じような目標を持つ企業にみずから道筋を示す取り組みを行っています。